梶よう子
作品のページ No.4



31.広重ぶるう

32.空を駆ける

33.我、鉄路を拓かん 

34.焼け野の雉 

35.こぼれ桜
−摺師安次郎人情暦No.3− 

36.江戸の空、水面の風−みとや・お瑛仕入帖No.4−  

37.雨露 

38.商い同心−人情そろばん御用帖−
 


【作家歴】、一朝の夢、いろあわせ、迷子石、柿のへた、夢の花咲く、ふくろう、お伊勢ものがたり、宝の山、立身いたしたく候、ことり屋おけい探鳥双紙

 → 梶よう子作品のページ No.1


桃のひこばえ 、ご破算で願いましては、連鶴、ヨイ豊、葵の月、五弁の秋花、北斎まんだら、花しぐれ、墨の香、父子ゆえ

 → 梶よう子作品のページ No.2


赤い風、はしからはしまで、お茶壺道中、とむらい屋颯太、菊花の仇討ち、三年長屋、漣のゆくえ、本日も晴天なり、噂を売る男、吾妻おもかげ

 → 梶よう子作品のページ No.3

 


                       

31.
「広重ぶるう ★★       新田次郎文学賞


広重ぶるう

2022年05月
新潮社

(2100円+税)

2024年02月
新潮文庫



2022/06/24



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このところ幾人もの時代小説作家が競って江戸時代の絵師を描いている、という観がありますが、本作もそのひとつ。
「広重」とは安政期に活躍した
歌川広重(1797〜1858年)
葛飾北斎、歌川国貞が人気を博した時代に、名所絵で江戸の美を残そうとした絵師だそうです。
「ぶるう」とは何?と誰しも思うことでしょうけれど「ブルー」のこと。
当時、ベルリンで作られた
藍色(=ベロ藍)が日本に入り、これこそどこまでも続く空の色に相応しいと魅せられたのが広重。
このベロ藍を用いて描いた風景画の美しさで、西欧の印象派画家にも影響を与えたのだそうです。
本作は、そんな歌川広重の生涯を描いたストーリィ。

とはいえ、絵師とはままならぬもの。
広重、定火消同心の家に生まれ、本名は
安藤重右衛門。しかし、役者絵や美人絵が人気の時代にあって、人を描くのが苦手、名所を描いても売れずと不遇の状況にある処から本ストーリィは始まります。
本ストーリィを大きく2つに分けると、不遇時代、
「東海道五拾三次」絵で人気絵師となってからの時代。

本作で胸を打たれるのは、前半の部分です。
妻女の
加代がどれほど広重を支えたか。この無私で献身的な加代に対して、身勝手で駄々っ子で愚かで見栄っ張りという広重の姿は対照的ですが、だからこそ2人の人間関係を描いた処が見事で忘れ難い。他にも地本問屋の岩戸屋喜三郎、一番弟子の昌吉と、広重を支えた人物たちの姿には魅了されます。
それに比べると後半は、絵師だからこその苦労、時代の変化、といった絵師としての姿を描いていると言って良いでしょう。

本作を読むからにはとネットで広重の絵を見てみましたが、青の美しさは際立っていて、やはり魅了されます。
ひとつの時代を築いた絵師の生涯を描いた作品として、お薦め。

※江戸時代の絵師を描いた梶作品としては、
ヨイ豊の二代国貞、吾妻おもかげの菱川師宣に続く三作目。
二代国貞は広重の次世代の絵師だっただけに
清太郎として本作中にも登場しています。

1.一枚八文/2.国貞の祝儀/3.行かずの名所絵/4.男やもめと出戻り女/5.東都の藍

         

32.
「空を駆ける ★★


空を駆ける

2022年07月
集英社

(1900円+税)



2022/08/20



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日本で初めてバーネット「小公子を翻訳し連載・刊行し、児童文学の道を開いた明治の教育家・翻訳家・作家、若松賤子(本名:松川甲子(かし)→巌本甲子、1864〜1896)の生涯を描いた伝記小説。

会津藩士の元に生まれ、戊辰戦争後に横浜の商人の養女となったカシが、明治8年(1875)横浜の山手に創設された<
フェリス・セミナリー>開校の日を恩師のメアリー・エディ・キダー夫妻と一緒に迎えるところから、本ストーリィは始まります。

家族との縁が薄いカシが、セミナリーを自分のホームとして寄宿生仲間と一緒に成長していき、卒業後は教師として残り、その一方で女性の権利・自立のため執筆活動に邁進し、創作・翻訳を手がけるに迄至る生涯が描かれていきます。
僅か31年という生涯は余りに若い、でも全力で駆け抜けたとも感じます。

本作で最も印象的だったのは、新しくできたフェリス・セミナリーでの勉強の日々に、カシの喜びと興奮が感じられること。
勉強は即ち自分の成長、自分への自信に通じることであり、自立とともに何処にでも飛んでいける翼をもつ、ということでしょうから。
題名の「空を駆ける」とは、自分の翼で大空を羽ばたくという意味でしょうし、女性教育に対する熱い思いを語る言葉であろうと感じられて胸が熱くなります。


※カシがフェリス・セミナリーで学んだような欧米的な考え方が社会に伸ばされていったら、国粋主義の風潮によりそれが妨げられることがなかったら、アジア太平洋戦争が起きることはなかったのではないかと思ってしまうのですが、「もし」「仮に」は言っても詮無いことでしょう。

1.横浜山手一七八番/2.会津の記憶/3.受洗/4.別離/5.広げる翼/6.白きベール/7.わが心をとくと見給え

                   

33.
「我、鉄路を拓かん ★☆


我、鉄路を拓かん

2022年09月
PHP研究所

(1800円+税)



2022/10/10



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明治の代、日本初の鉄道が新橋〜横浜間で開業したというのはよく知られたことですが、その途中の芝〜品川間、何と海の上(海の浅瀬に築かれた築堤の上)を走ったとは、長く認識していなかったことです。
そうと知ったのは、JR高輪ゲートウェイ駅新設工事中、その再開発地区で<
高輪築堤>跡が発見されたというニュースによってのこと。

本作は、その高輪築堤の難工事を成し遂げた男たちの物語。
主人公となるのは、土木請負人である
平野屋弥市
神奈川台場の土木工事請負を機に
勝麟太郎と出会い、その勝から亜米利加では鉄の道の上を蒸気によって走る車(「蒸気車」)が走っていると聞き、いつかその鉄路敷設工事に関わりたいと夢を抱きます。

夢を抱きその実現に向かって奮闘する男たちの物語は面白い。
主人公の平野屋弥市はもちろんその一人ですが、5年半に亘る英吉利留学で鉄道大好きになった元長州藩士の
井上勝、日本人と一緒になって工事をやり遂げようとする英吉利人技師のエドモンド・モレルもそうした人物。
それ以外にも、工事に関わって多くの人物が登場します。中には弥市たちに敵意を示す人物も。
でもそれらの人物を含め、大勢の人間たちを大きく抱え込んで展開していく処は、まさに時代の鼓動を感じさせるドラマになっています。

そんな難工事をやり遂げ、陸蒸気に乗車して海(築堤)の上を走り抜ける気分はさぞ爽快だったろうと思います。羨ましい。

ただ、弥市たちの熱いドラマとは言いつつ、事実を辿る物語に留まったという印象も拭えません。

※なお、
あしながおじさん訳者の松本恵子は余市の孫、タレントの中川翔子は来孫(孫の曾孫)というのですから、驚き。

序/1.神奈川台場/2.新たな時代へ/3.海上の堤/4.お雇い外国人/5.不和/6.繋がる夢/跋

                    

34.
「焼け野の雉 ★★


焼け野の雉

2023年05月
朝日新聞出版

(1900円+税)



2023/05/31



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ことり屋おけい探鳥双紙の続編。

江戸の町で大火事が起こり、
おけいは近所の親しい人たちの助けを借り、九官鳥の月丸をはじめ鳥たちとともに避難します。

江戸の町で火事が多かったのはよく知られたことですが、焼け出された人たちの避難、住むところが再建されるまでの間お救い小屋で過ごす日々を丹念に描いたストーリィは、これまで余り読んだことはなかった気がします。
その意味で本ストーリィ、興味深い。

なお、本ストーリィにおいておけいは、ただでさえ困難な日々の中、鳥まで抱え込んでいるのですから、その苦労は絶えません。

避難の最中、八丁堀の屋敷にも火が及んだことから、言葉を発せない状態になっている自分の幼い娘=
結衣をおけいに託して探索に向かった同心=永瀬八重蔵が行方知れずとなり、おけいの不安をかき立てます。
一方、離縁してもう縁のなくなったはずの元亭主=
羽吉が再びおけいの前に現れます。

大火事の後の困難な状況が描かれますが、そうした苦労の中で、おけいが真にことり屋として自立するまでの試練を描いた巻、と言って良いでしょう。
そして、八重蔵と結衣の父娘にとっても、やっと前に進める展開が、最後に待ち受けています。

さて、更なる続編、あるのかどうか。あるような気がするなぁ。
滝澤馬琴という魅力的な登場人物もいますし、次作を楽しみに待ちたいと思います。


1.カナリヤの番(つがい)/2.お役人の鳥/3.黒羽の大明神/4.焼け野の雉

               

35.
「こぼれ桜−摺師安次郎人情暦− ★★


こぼれ桜

2023年08月
角川春樹
事務所

(1600円+税)



2023/09/04



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父子ゆえに続く“摺師安次郎人情暦”シリーズ第3弾。

亡き女房=
お初の忘れ形見である信太との、長屋での父子2一人暮らしは、長屋の重鎮・おたきの世話焼きにより順調。
一方、
大橋友恵との関係については、本作中では進展せず。

家族関係で進展したのは、安次郎を死んだ者として実家の田辺家を継いだ
叔父=田辺俊之助と会うことをようやく決断したこと。
時間が経って安次郎も、叔父の状況を理解することができるようになったことがあります。
しかし、その叔父と再会してみれば、相変わらず信太を養子にしようという姿勢は変わらず、町人より武家の方が上、信太を武家にしてやれば当然安次郎も満足する筈だという驕りが感じられます。

「縮緬の端切れ」彫師の伊之助がお縄になるという事件。いったい何があったのか。
「張り合い」:歌川国芳門下の芳艶と、国貞門下の貞重という二人の絵師の張り合いに、安次郎が少々巻き込まれます。
「邂逅の桜」:叔父=田辺俊之助と会うことをついに決断。
「黒い墨」:病で急死した息子の一周忌に句集を発行したいという店主の願いを叶えるため、安次郎が尽力。
「毛割り」:風邪のため仕事場で倒れた安次郎、お初との、先輩摺師だった伊蔵との思い出を夢にみます。
 また、後輩弟子=
喜八に安次郎が、摺師の有り様を語ります。

なお、本作では、安次郎の摺師としての真っ当さを守り通そうとする姿が印象的です。

1.縮緬の端切れ/2.張り合い/3.邂逅の桜/4.黒い墨/5.毛割り

                

36.
「江戸の空、水面の風−みとや・お瑛仕入帖− ★★


江戸の空、水面の風

2023年10月
新潮文庫

(670円+税)



2023/10/23



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シリーズ第4弾。
前巻
はしからはしまでの冒頭において、兄妹二人で<みとや>を営んでいたというのに、兄の長太郎が急死。
その後どうなるのかと心配したものですが、本巻はその8年後。さしづめ、第2シーズンの幕開け、と言って良いでしょう。

8年経てば登場人物も多少入れ替わっている、というもの。
兄の長太郎だけでなく、二人を何かと気にかけてくれていた元火盗改の<駿河台のご隠居>も3年前に死去。
そして新たに、お瑛が一緒になり今は共に店を営んでいる亭主の
成次郎と、5歳になる一人息子の長太郎、そして菅谷道之進とお花の娘である花甫(かほ)・7歳が登場します。
一方、
寛平、菅谷直之改め直孝、八坂同心という顔ぶれは変わらず。

「三つ揃って」:我が子・長太郎に対する今は亡きご隠居の想いを受けとめ、<みとや>の在り方をお瑛が改めて気づく、という篇。
「さわりのゆらぎ」:<みとや>の新しい商いをお瑛が思い付き、具体的なきっかけとなる顛末が描かれます。
「傍目八目」:囲碁が天才的に強い蜆売りの少年=庄八が登場。皆の想いがつまって、胸の温まる篇。

「風を鎮める」「残り蝉」「鏡面の顔」:お瑛にとって母親同然のお加津が営む料理茶屋<柚木>に、新しい奉公人。
その
圭太、お加津は拾い物と、差配をすべて圭太に任せ、温泉湯治等をゆっくり楽しんでいる風。その一方で、古株の奉公人たちが次々と圭太によって解雇されているという事態に。
しかし、お加津はすっかり圭太を信頼し、その圭太はすべて柚木のため=女将さんのためと、平然としている。
その圭太の感情のない目に、お瑛は恐れおののくばかり。

前半は、家族物語と、お江戸ビジネスという篇。
そして後半は、圭太という不気味な人物を配しての、途轍もなくスリリングなサスペンスとあって、圧倒されます。
※なお、お瑛の亭主である成次郎についても、何やら謎めいた処があるのですが、本巻では明らかにされず。

次巻以降の展開が待ち焦がれます。第2シーズン幕開けとしてこれ以上ないくらいの出だしです。是非、お薦め。


三つ揃って/さわりのゆらぎ/傍目八目/風を鎮める/残り蝉/鏡面の顔

                

37.
「雨 露(うろ) ★★


雨露

2023年10月
幻冬舎

(1900円+税)



2023/11/21



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上野戦争で徳川方に立って明治新政府軍と戦い、激闘の末敗れて散った<彰義隊>を描く歴史長篇。

主人公は、川越松平藩の祐筆、その次男である
小山勝美
武芸、学問に優れ、両親期待の息子である
兄=要太郎に強引に連れ出され、訳の分からぬまま<尊王恭順有志会>→<彰義隊>に参加させられます。
とはいえ勝美、武芸など苦手、いずれ絵で生計を立てたいと、絵師の
芳近に絵を学んでいた処なのに、何とまあ。

そんな勝美だからこそ、彰義隊に加わる意味を問い続けます。
だからこそ、意気盛んに彰義隊に参加する者もあれば、疑問や不安を抱える若者たちの姿も、勝美の眼にくっきりと映る、という次第。
その典型的な人物が、吉原での幇間を副業にしているというユニークな存在、
土肥庄次郎。彼の言動は勝美と良い意味で好対照。

想いも都合もてんでにバラバラな人間たちが集まった彰義隊、その戦い方も負け方も相応にバラバラであったと言って良いのではないでしょうか。

私としては元々、彰義隊に対しては懐疑的。
歴史的に意義があった存在とは思えず、時代の変革期における騒動の一つ、という程度の認識です。
そのため主人公である勝美の疑問には同感すること多々あり。
それにもかかわらず結果として彰義隊に、上野戦争に参加した勝美との違いは、勝美が徳川政権下に生きた武士の息子だったことでしょう。

なお、主人公である小山勝美は実在の人物。明治時代に東洲勝月と号した浮世絵師だそうです。

また、私にとって彰義隊から思い出すのは、
吉村昭「彰義隊
同作の主人公は、彰義隊士ではなく、彰義隊士らに担ぎあげられて朝敵となった
輪王寺宮能久親王。この親王の辿った人生こそ悲劇という他なく、今でも忘れられません。

序章.上野山王台/1.四谷鮫ヶ橋円応寺 二月十七日/2.江戸決戦/3.雨と露

              

38.
「商い同心−人情そろばん御用帖− ★★


商い同心 人情そろばん御用帖

2023年12月
実業之日本社

(1700円+税)



2024/01/02



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“商い同心”シリーズ第2弾。
宝の山」(文庫改題:商い同心−千客万来事件帖−)でシリーズ化を願っていましたが、それ以来10年ぶりとなる続編。
やっと出たかぁという思いです。

商い同心、
正式名称は諸色調掛方同心とのこと。
市中の物の値段を見張り、高すぎる場合は店に指導するといったことがその役目。
とはいえ、商い同心である主人公=澤本神人(じんにん)もまた、江戸市中で起きた事件に結局関わることになるのですが、元々定町廻り、隠密廻りを勤めたこともある神人、そこで戸惑うこともありません。
別に仲が良い訳ではないと言いつつ、定町廻り同心である
和泉与四郎と連携しての探索ぶり、頼もしい限りです。
 
その神人の魅力は、定町廻りと異なり、市井の人々に対する温かい目線、人情味があるところです。
「なるようにしかならない」という神人の口癖も、諦めではなく包容力と捉えれば、神人の懐の深さがぐっと感じられる、というもの。
神人とコンビを組む子分である
庄太のキャラクター、神人とのやりとりも楽しい。
大食いですぐ食べ物をねだってばかり、しかし雑学知識豊富で貴重な存在ではあります。

本シリーズ、家庭ドラマ要素もちゃんと備えています。
亡き妹の忘れ形見である姪の
多代とは、既に正式な父娘関係。
その二人に親しく接する
お勢(町名主=勘兵衛の処で女中)、多代からも慕われもはや家族の一員といった雰囲気ですが、神人との仲が進展しそうで中々進展しないのもシリーズものの楽しみという処。

なお、本作で気になる登場人物は小姓組番頭の
跡部良弼、罷免された元老中=水野忠邦の実弟。北町奉行の鍋島直孝とも親しそうなことの人物、神人にとって吉となるのか、凶となるのか。

「女易者」:評判の女易者、その商売に恨まれる原因あり?
「母子像」:神人が命じられた南蛮の鏡探し。鏡に秘密?
「御種人参」:偽の高麗人参が売られている?
「口入れ屋」:口入れ屋が武家奉公させた男が行方不明?
「落とし穴」:穴蔵職人が掘った穴蔵に問題発生?
「五方大損」質屋に強盗、盗まれたのは鉢植え?

女易者/母子像/御種人参/口入れ屋/落とし穴/五方大損

      

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