伊藤たかみ作品のページ


1971年兵庫県生、早稲田大学政経学部卒。在学中の95年「助手席にて、グルグル・ダンスを踊って」にて文藝賞を受賞し作家デビュー。2000年「ミカ!」にて小学館児童出版文化賞、06年「ぎぶそん」にて第21回坪田譲治文学賞、同年「八月の路上に捨てる」にて 第135回芥川賞を受賞。夫人は作家の角田光代氏。


1.
ミカ!

2.指輪をはめたい

3.フラミンゴの家

4.はやく老人になりたいと彼女はいう

  


 

1.

●「ミカ!」● ★☆       小学館児童出版文化賞


ミカ!

1999年11月
理論社刊

(1500円+税)

2004年04月
文春文庫化


2003/11/16

小学校6年生の双子、ミカユウスケを主人公にした作品。
「ミカ!」という題名ながら、第一人称の語り手はユウスケ。それでも、ユウスケよりミカの方にこの作品の重点はある、と言ってよいでしょう。
ミカは女の子ながら喧嘩っ早く、空手道場にも通うという、男の子のような女の子。それに対してユウスケは、ミカと対照的にパソコン、本好きという男の子。
しかし、小学校6年にもなれば、胸もふくらみ、生理もあり、否応無くミカは、女の子であることを自覚せざるを得ません。そしてユウスケもまた、別の面から、ミカが女の子であることを意識せざるを得なくなります。
「オトコオンナ」というミカへの悪口は、ユウスケと同じ男の子でいたいのに、現実には女の子であるしかないというミカの憤懣を現しているようです。しかし、涙を経てミカも女の子らしくなっていく。

子供時代から、大人への入り口に差しかかる時期における、2人の心の揺れを描いたストーリィ。誰しも経てきたこうした時期、思い返すと懐かしくも、すっぱくもあります。

    

2.

●「指輪をはめたい」● ★☆


指輪をはめたい

2003年10月
文芸春秋刊

(1238円+税)

2006年11月
文春文庫化



2003/11/20

スケートリンクで頭を打ち病院で意識を取り戻したと思ったら、ここ数時間の記憶を失っていた、というのが幕開け。
主人公・輝彦は、長年の同棲相手に出て行かれた悔しさから、30歳になるまでに結婚しようと決意していた。そしていよいよ指輪を用意し、誰かにプロポーズしようとしていた筈。しかし、付き合っている女性は3人いて。その内誰に申し込もうとしていたのかが思い出せない。そこから、相手を特定するため主人公の手探りが始まるという、一見ユーモラスなストーリィ。

本書の直前に読んだ藤堂志津子「つまらない男に恋をしてと、奇しくも対照的なところが面白い。
同書がふられた男を取り戻そうとする話であるのに対し、本書は振られた悔しさから別の相手を見つけようとする話。また、同書が恋愛のプロセスに視点を置いているのに対し、本書は結婚という成果に視点を置いています。いかにも、女性と男性の対照的な相違点であることが面白く、そう言えば書き手も女性作家と男性作家であったと、気付く次第。
今なら素直に納得できることも、独身の頃にはこうした男女間の違いが判っていませんでした。その頃本書を読んでいればもう少し違っていたかもしれないと、思わず振り返ってしまいそうになります。
最後の結末はこれしかないと思うものですが、そこへ持っていく展開が実に上手い。余韻が快い、恋愛→成長小説です。

   

3.

●「フラミンゴの家」● ★★


フラミンゴの家

2008年01月
文芸春秋刊

(1333円+税)



2008/02/20



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6年前に別れた妻が急に手術をすることになったからと、ずっと会っていなかった娘の世話を急に託され、困惑しつつも奮闘するというストーリィ。
最近どこかで読んだような話だなぁと思ったら、坂木司「ワーキング・ホリデー
同作品の主人公がホスト、本書の主人公が水商売の店長と、共に子供に自慢できない職種である点で共通し、子供が男の子と女の子と違うくらいかと思ったのですが、似つつも両作品は全く異なるストーリィ。
「ホリデー」が父と子の、そして父親である主人公の新たな生活の始まりを描いた作品であるのに対し、本書は純然たる家族の物語です。

舞台となる場所は関西のとある町で、賑やかな駅の北口に対して“町の下半身”といわれる南口。俗に「シャッター通り」とも言われるほど寂れた商店街で、主人公の正人はスナックの店長をしている。
家族の商売も住んでいる場所も、そのうえ彼の周囲にいる連中のいずれも、12歳の娘=にとってはとても芳しいとはいえない環境。
久しぶりに会った娘をどう扱っていいか困惑する正人に対し、幼い頃黙って去られたという痛みから他人行儀な晶。しかし、そんな風に顔を背けていられない状況から、いつの間にか2人は親子らしさを取り戻していきます。
もっとも、親子関係の復活というより、あくまで新たに親子関係を築き上げていくストーリィと言うべきでしょう。

お互いに寄り添い、支え合う必要があるからこそ、初めて家族という関係が成り立つ。単に血が繋がっているという単純な理由からでなく、もっと真摯な人と人との関係がそこにはあります。
離婚が多く子連れでの再婚も多い米国では、こうした家族関係はそう珍しいことではないでしょう。日本ではいずれそうした状況が増えるかもしれない。その意味で、本ストーリィは今後を先取りしたストーリィと言えると思います。
なお、本書中で光っている存在は、正人の現恋人であるあや子。元ヤンキーのバツイチですが、率直で真実味があって、小気味良い。
正人と晶の良い潤滑油となっているというに留まらず、あや子の存在があるからこそ正人と晶の新しい家族関係も生まれ得る、と言えるだけの重要な存在です。
本書は、読み応えある、新しい家族の物語。

          

4.

「はやく老人になりたいと彼女はいう ★★


はやく老人になりたいと彼女はいう

2017年11月
文芸春秋刊

(1600円+税)



2017/11/29



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小学4年の和馬美優は、仲間たちにわざとか置いてきぼりにされ、夜の暗い森の中を二人だけで歩き続ける。
その2人が出会ったのは、認知症を患っているらしい老女。
さらに、和馬と美優の母親と父親が、和馬の行方を捜して森の中に入り込みます。この2人、かつて恋人同士、現在は離婚済と別居中の状況。さて・・・。

少年と老女が森の中を彷徨い、さらに少年を探してかつて恋人同士、現在は共に結婚生活に破たんが生じている中年男女が森に入り込んでいく。
森の中を彷徨うというと、西欧おとぎ話のイメージ。本ストーリィはおとぎ話の一つと言って良いのでしょうか。

行き先のわからない森の中を彷徨う、まるで現在の和馬、そして和馬の母親である
内海麻里子、美優の父親である久我敬吾の状況そっくりのようです。
でも森の中を彷徨っている限りは様々な面倒事から逃げていられます。しかし、いずれ彼らは森から連れ出される、あるいは森の出口に行き着く筈。

現代おとぎ話なのか、それともシリアスな人生ドラマなのか。
おとぎ話的だよな、と思い、「そんなこともあるさ」と笑って共感できる、そんなストーリィと感じます。

    


  

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