伊東 潤
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1960年神奈川県横浜市生、早稲田大学卒。外資系企業に長らく勤務した後に文筆業に転じる。2003年「戦国関東血風録」にて作家デビュー。主に戦国時代の東国を中心に据えた歴史小説を手がける。11年「黒南風の海」にて本屋が選ぶ時代小説大賞、12年「国を蹴った男」にて第34回吉川英治文学新人賞、13年「義烈千秋天狗党西へ」にて第2回歴史時代作家クラブ賞作品賞、「巨鯨の海」にて第4回山田風太郎賞と第1回高校生直木賞、「峠越え」にて第20回中山義秀文学賞、「義烈千秋天狗党西へ」にて第2回歴史時代作家クラブ賞、「黒南風の海−加藤清正「文禄・慶長の役」異聞」にて本屋が選ぶ時代小説大賞2011を受賞。


1.黎明に起つ

2.城をひとつ

3.修羅奔る夜

  


     

1.

「黎明に起つ ★☆


黎明に起つ画像

2013年10月
NHK出版

(1600円+税)



2013/12/23



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関東の地に覇権を唱えた北条早雲の生涯を描いた歴史時代小説。
伊東潤作品を読むのは初めてですが、これまで何度も名前に触れようともその足跡を殆ど知らなかった北条早雲を描いた歴史小説ということで手に取った次第。
もっとも北条早雲、そうした呼び名で呼ばれたことはなく、元々の名前は
伊勢新九郎、得度して早雲庵宗瑞。「北条」という名前はその嫡男=氏綱からだそうです。

新九郎が成長した時代は足利将軍・
義政の治世下。しかしその後半から将軍位の後継争いから内乱が激しくなり、故郷の備中を捨てて新九郎が向かった関東でも堀越公方足利家関東管領上杉一族が内部対立し相克するといった混乱状態。
そうした中、武士のための足利体制から脱却し、新九郎は民のための新しい国造りを目指す、というのが本作品のコンセプト。

信玄、謙信、信長と各地で戦国大名が勢力を競い合った時代から比べると、小勢力がその時の事情で集合離反を繰り返しお互いに足を引っ張り合っているだけと思われる状況で何とも張り合いがないという印象で、この時代が余り書かれることのなかった理由が納得できる気がします。
それでも
上杉、長尾、武田という名前も登場し、足利体制が崩壊し下剋上を経て戦国時代へと移行する過渡期、あるいは黎明期であることがよく感じられます。

本作品自体は、地味で実直な歴史小説といった印象、エンターテインメント性にはやや欠けています。関東の覇者=北条家の経緯を紐解くことに興味がないと物足りないかもしれません。


1.雲心月性/2.雲蒸竜変/3.雲煙縹渺

   

2.

「城をひとつ ★☆


城をひとつ

2017年03月
新潮社

(1600円+税)

2020年04月
新潮文庫



2017/05/24



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家伝の調略術をもって北条氏四代に仕え、支えた大藤一族五代の活躍を連作風に描いた長編歴史小説。

初代北条早雲が死去して4年後、亡き早雲との縁を頼りに2代氏綱の元を訪ねてきたのは大藤信基、57歳。
自らの能力を披見する例として口に上せたのが、「城をひとつ、お取りすればよろしいか」というセリフ。
その時から始まり、
3代氏康・4代氏政と北条氏四代に亘って仕えた信基を始めとする大藤一族五代の売り物は、相手の懐に入り込んでかく乱する調略術。
ストーリィは、
信基・景長・秀信・政信・直信と大藤一族各代が行った調略活動を連作風に描くという構成です。

前半、なんとなく盛り上がらず、という印象。
「調略」という言葉は、
司馬遼太郎「新史太閤記」での秀吉の戦術活動としてしきりに使われていましたが、本書の大藤一族が行った調略とは趣きが異なります。秀吉の場合は、利を以て説くという外交交渉。それに対し大藤一族の調略は、要は“騙し”。
騙しで北条氏の勢力拡大、領地拡大が達せられても、どこかすっきりしないという思いが残ります。

それが一転して面白くなったのは、
「幻の軍師」「黄金の城」
前者で騙す相手はあの
上杉輝虎(謙信)、後者で騙す相手は秀吉軍の織田信雄と福島正則ら。相手が強者となれば、騙すという戦術が俄然面白くなる、痛快といって差し支えありません。

最後、北条氏は滅亡する訳ですが、そこに悲壮感はなく、大藤直信の今後を見据えた視線といい、むしろ爽快な余韻が残ります。


城をひとつ/当代無双/落葉一掃/一期の名折れ/幻の軍師/黄金の城

     

3.

「修羅奔る夜 ★★   


修羅奔る夜

2022年07月
徳間書店

(1600円+税)



2022/09/17



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青森の夏の夜を熱く焦がす“青森ねぶた祭”。そしてその中心となるのが、巨大な光の造形“ねぷた”
本作は、そのねぷた作りを題材とした、とても熱いストーリィ。

主人公は、
工藤紗栄子・34歳。アニメーターを目指して上京したものの、今は事務系の派遣社員。何の夢も持てない状況。
そんな紗栄子の元に青森の実家から、2歳年上の
兄=春馬に脳腫瘍が見つかった(後に悪性と判明)という知らせが届きます。
その春馬、名人位のねぶた師だった父親の跡を継いでねぶた師、今年こそねぶた大賞を獲得しようと懸命になっていたところ。

手術・治療よりねぶた作りを優先させようとする春馬に、否応なく紗栄子は、自分が兄の手足となってねぶたを作り上げると宣言します。それから、兄妹、周囲の人々も巻き込んで、必死のねぶた作りが繰り広げられます。

ねぶた祭り、直に観たことはありませんが、TVニュース等で毎年必ず報じられる夏の風物詩。
その裏側、ねぷた作りの過程を知ることができるという面白さが本作にはあります。しかし、壮大で華やかなその裏側で、ねぷた師の経済的な苦境もあるとは、驚きでした。

ねぷた作りの苦労、囃子方、跳人を集める苦労、その一方で春馬の闘病を巡る家族内の対立、責任の重さに耐えかねる紗栄子の葛藤と、数々の難題を奇策を以てクリアしていく紗栄子の奮闘と、それなりに読み処はあるものの、残念ながらねぶたに相応しい興奮までには至らず。

しかし、春馬が構想したねぶた
“修羅降臨”(阿修羅と帝釈天の闘い)が殆ど完成間近となったところに、思わぬ衝撃的な事態が起こります。
その後の、紗栄子の奮闘が凄い。
引退したねぶた師の
成田鯨舟、ねぷた師を目指す宇野や、元同級生の東昇太らの協力も欠かせませんが、そこはやはりリーダーの熱い想いがあってこそのこと。
それから結末迄の怒涛のような熱気こそ、青森ねぶたに通じるもの、圧巻です。
青森ねぶたの興奮を味わいたい方は、是非。


1.ねぶた師の血/2.悪戦苦闘/3.勇者たちの宴/4.修羅降臨/エピローグ

      


  

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