飯嶋和一(かずいち)作品のページ


1952年山形県生。83年「プロミスト・ランド」にて第40回小説現代新人賞、88年「汝ふたたび故郷へ帰れず」にて第25回文藝賞、2000年「始祖鳥記」にて第6回中山義秀文学賞、08年「出星前夜」にて第35回大佛次郎賞、15年「狗賓童子の島」にて第19回司馬遼太郎賞、18年「星夜航行」にて第12回船橋聖一賞を受賞。


1.
始祖鳥記

2.狗賓童子の島 

3.虚空蔵の峯 

 


 

1.

「始祖鳥記」 ★☆        中山義秀文学賞


始祖鳥記

2000年02月

小学館
(1700円+税)

2002年11月
小学館文庫


2001/05/05


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帯にある称賛の文章は、かなり派手なものです。その通りと思う一方で、それ程ではないところもあります。
相次ぐ大飢饉や天変地異、そして公儀の横暴に人々が希望を失っていた江戸・天明期、備前岡山に空を飛ぼうとする表具師がいた、というのが本書ストーリィ。

その当人・幸吉は、単に空を飛びたいと、夜中橋の上から大凧で飛び降りたりしていただけのこと。しかし、目撃談が市中に広まると、怪鳥鵺だとか、池田藩の失政を糾弾していた、という噂になってしまう。その挙句幸吉は岡山を追放されるに至ります。
一方、“空を飛んだ表具師”の話は誇張されて全国に広まり、その勇気(誤解なのですが)に触発され、悪政に立ち向かおうとする人物が現れます。第2部に登場する行徳の地廻り塩問屋・巴屋伊兵衛、廻船船頭の福部屋源太郎などもそうした人物。それらはやがて、大きな力となって、公儀や一部の問屋の専横に風穴を開けることに繋がっていきます。
となれば、本書は爽快な物語である筈。しかし、出来事を着実に書き連ねていくという作風で、スリリングな部分はあるものの、展開は膨らみを欠いている気がします。その点がちょっと物足りない。

紆余曲折を経ながら、最後に再び幸吉は空を飛ぼうとします。
型に嵌った人生を斥け、夢を追い求めて技術を凝らす幸吉の姿には、時代を超えた新鮮さを覚えます。

     

2.
「狗賓童子(ぐひんどうじ)の島」 ★★☆


狗賓童子の島

2015年02月
小学館

(2300円+税)



2015/03/29



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幕末に起きた大塩平八郎の乱、その高弟で挙兵に参加した河内の大庄屋=西村履三郎、その父親が犯した罪に問われ6歳の時から親類預けとなっていた常太郎が、15歳となり隠岐島に流刑されてくるところから本ストーリィは始まります。
いくら父親が罪を犯したからといえ、6歳の子供に連座責任を負わせ、規定の15歳になったからとたった一人孤島に流刑するとは何と過酷な仕置きだろうと思わざるを得ません。
しかし、本土での履三郎の行動を知り、畏敬を抱いていた島民は温かく常太郎を迎えます。そして身元引受人となった大庄屋の好意的な配慮により常太郎は島の医師の元に弟子入りし、医者の道を歩み始めます。

前半は、隠岐島における常太郎の成長記。そして中盤は、離島とはいえ隠岐島でも黒船来襲への危惧、黒船が持ち込んできたコレラ等の伝染病、幕末の尊王攘夷〜倒幕の動きと無縁でないことが描かれます。
そして後半は、史実としてある
隠岐騒動(松江藩と尊攘派島民との争い)の顛末。

隠岐島を舞台に、島民が味わい続けてきた苦しみ、そして幕末から維新にかけての騒動を緻密に描いた本ストーリィの重み、真実には圧倒されるばかりです。
そしてそれは島民だけのことではなく、大塩平八郎の乱〜隠岐騒動と、旧弊な幕藩体制の底辺で苦しみ続けた農民たちの姿を浮き彫りにしている、隠岐騒動はひとつの具体例に過ぎないのは明らかです。

前半は、常太郎の物語として感動的に面白く読めたのですが、後半は隠岐騒動一辺倒で、常太郎がストーリィの中心から外れるどころか観察者にもなっていないのは残念です。
また、常太郎の妻となった
お幾について殆ど描いていないところは、折角の人物像なのにと、残念至極。

      

3.

「虚空蔵の峯 ★★☆   


虚空蔵の峯

2026年03月
小学館

(2100円+税)



2026/04/12



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江戸時代、将軍家重の治世下、過酷な史実として記録される、美濃郡上藩ならびに藩主=金森頼錦の悪政を公儀に訴え出た、百姓たちによる“訴訟劇”。
主人公となるのは、
江戸の公事宿<秩父屋>主人である半七

武家が支配階級として君臨する江戸時代にあって、3年以上の年月を掛け、大勢の人々を巻き込んだ訴訟騒動があったなんて、信じられない思いです。
そこまで至るには、相当の悪政があったからこそと思うところですが、本作に描かれる郡上藩金森家の悪政はもう酷いばかり。
領民の暮しのことなど一顧もせず、ただ搾取するだけ。絞れば絞るだけ金を巻き上げられる、自分たちに都合の良い道具、としか見ていないかのようです。

宝暦五年冬、禁じられている
駕籠訴(酒井老中)を決死の覚悟で実行したものの、結局はうやむやな決着。江戸町奉行からの注意がなされたにもかかわらず郡上藩の悪政は全く変わらず。
そして宝暦八年、
目安箱への箱訴が行われ、さらに講釈師・馬場文耕が騒動を語って広めたことから、幕府ももはや放っておくことはできず、評定所での詮議が開始されます。なお、それも田沼意次の登場があったからこそか。
そこからの“法廷劇”とでも言える展開が、本当に物凄い。
審議する側の老中たちの負担も大きかったでしょうが、審議される側の百姓たちの負担は如何ばかりだったことか。

結果として裁決は訴え出た百姓たちの勝訴と言えるものですが、それにもかかわらず当該百姓たちへの処罰はもう不当、苛烈としか言いようのないもの。
それはいったい、何故なのか。
訴訟劇の一切、その評定結果の次第は、是非本作を読んで確認してください。きっと驚愕せざる得ない筈です。

結局は武士が支配する時代、老中たちが優先したのは、領民の保護などではなく、徳川幕藩体制の保持だったのでしょう。
それに対し、霊峰白山の頂にいる先祖の霊から、自分たちがどう生きるかを見られている、と語った駕籠訴人たちの言葉に胸を打たれます。
そうした思いを持った政治家たちが各国の政を司っていれば、現在のような争そいと危機に満ちた世界にはなっていないと思う次第です。

圧巻、かつ衝撃の歴史訴訟劇。是非お薦めです!


講釈師・馬場文耕を描いた作品に暦のしずくがあります。

宝暦五年 冬/宝暦六年/宝暦七年/宝暦八年/宝暦九年 春

    


  

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