星野智幸作品のページ


1965年米国ロサンゼルス市生、早稲田大学第一文学部卒。新聞記者を経て作家。97年「最後の吐息」にて文藝賞、2000年「目覚めよと人魚は歌う」にて三島由紀夫賞、03年「ファンタジスタ」にて野間文芸新人賞、18年「焔」にて第54回谷崎潤一郎賞を受賞。


1.
植物診断室

2.無間道

3.水族

  


 

1.

●「植物診断室」● ★★




2007年01月
文芸春秋刊
(1200円+税)



2007/02/12



amazon.co.jp

まず主人公像を紹介すると、水鳥寛樹、40代半ばの会社員。独身で結婚歴なし、湾岸に建つ高層マンションの21階で一人暮らし。
「自分が今、植物で言うとどんな状態なのかを診てくれる、それで本当の自分の状態に戻してくれる」という“植物診断”に時々通っている。
趣味は、マンションのベランダに手当たり次第に直植えし種を撒き散らした結果生じたジャングル(彼はジャングリングと呼ぶ)と、街をあてずっぽうに歩き回る(徘徊と呼ぶ)こと。
そして寛樹は子供たちにとても好かれるという。親戚が集まった折、子供たちが寛樹を奪い合って大変だったという位。

本書ストーリィは、そんな寛樹が妹夫婦を介して同僚の女性教師から、契約という形で大人の男性として息子に接してやって欲しいという依頼を受けるというもの。精神的な暴力を奮い続けた夫と漸く離婚したところだが、元夫は月に1回息子と会う権利を持っている。その元夫から息子が悪い影響を受けないよう、別の大人の男性と接する機会を設けてやりたいというのがその理由。
寛樹はこうしてその山葉幹子宅へ通うようになり、5歳の優太、未だ1歳の夏海にも好かれ、次第に彼らは擬似家族のような様子をまとってきます。そして行き着くところは、幹子の思いと寛樹の思いの喰い違い、失敗。

主人公と植物の関わりの深さ(植物診断とジャングリング、まるでジャングル探検行のような徘徊)から幻想的な面白味も感じる本書ですが、その一方、山葉一家と寛樹の関わりは現実的な、まもなく直面する社会的な問題ではないかと思います。
つまり、実父ではなく、母親が再婚した相手=義父ですらなく、それでいて父親の役割を果たす男性の存在。
離婚、再婚、シングルマザーが確実に増えていく中で、こうしたパターンはいずれ生まれてくるものではないか。
様々な社会現象で先行しているかのような米国社会を見てみればそれは明らかなことのように思います。
そうした社会問題を植物というオブラートに包むことによって、本書ストーリィは楽しげでさえあります。そして読後感もとても好い。

    

2.

●「無間道」● 




2007年11月
集英社刊

(1600円+税)



2007/12/02



amazon.co.jp

もうひとつストーリィが飲み込めない、3篇。

最初の2篇は近未来が舞台だろうか。
「無間道」では人がどんどん死を選んでいく、順番に死んでいくことが定められた役割の如くに。しかし、複数で死なずに一人だけで死ぬと、生と死の間で循環することになるのか。
「煉獄ロック」は、定められたルールに従って選抜され、その結果入所が許された独身寮でペアとなる異性を見つけ、子を作ることが生存権を得るための責務とされているらしい社会が描かれます。
その2篇において主人公はいずれも、半強制的に定められた運命から逃れ、僅かでも自由を得ようとする。
それこそが人間としての希望を放すまいとする行為なのかもしれませんが、それが作者である星野さんの意図するところなのかどうか。
「切腹」は、高校を舞台にイジメと自傷行為が繰り返されるストーリィ。現代が舞台という点では上記2篇より入り易い話ではあるものの、そんな循環から抜け出すためには、本気で死に向かって跳ぶほかないのか。

外部からの押し付けによるのではなく、人が自分の意思で生きることを選ぶためには生死をかけるような覚悟がいる、ということかもしれません。
しかし、私としては「無間道」の最後の一文を除くと、釈然としない思いが残らざるを得ない一冊です。

無間道/煉獄ロック/切腹

  

3.

●「水 族」●(画:小野田維) ★★




2009年01月
岩波書店刊
(1500円+税)



2009/02/09



amazon.co.jp

小説家と気鋭の画家によるコラボレーション。コーヒーブレイクにふさわしい、短い小説+画を提供する“Coffee Books”シリーズの一冊。

主人公が住み込みで勤めるようになった動物園の一角。そこでの彼の住まいは、湖底で六方がガラス張り、周囲には魚が泳ぎ回るという、まさに水中にいるような部屋。
画は必ずしもストーリィと一致しません。けれど、水の中、そこに泳ぐ魚という画は、抽象的というより近未来的に描かれています。

彼が休日の度に出かける地上は、屋上植物がまるで雨林のように繁り、建物がある地上はまるで半地下。地上はもはや水浸しという様相を見せる“新水紀”。
何の為に彼がそうした部屋に住むことになったのか、地上はどうなるのかはさておき、
人間がもし水の中に暮らすようになったら、我々が見る景色はこうなるのか、というイマジネーションが膨らみます。

コーヒーを飲む間、繰り広げられる水の中というイマジネーションを一時楽しむのも一興。本書はそんな一冊です。

【小野田維(おのだ・ただし)】
1950年生、画家。テンペラ古典技法を駆使した繊細な色彩表現と精密な画線により、静謐な空想イメージをユーモア感も纏いつつ描く。

    


  

to Top Page     to 国内作家 Index