帚木蓬生作品のページ No.1


1947年福岡県小郡市生、東京大学仏文科卒。本名:森山成アキラ。2年間のTBS勤務を経て九州大学医学部卒、現在精神科医。75年「頭蓋に立つ旗」にて第6回九州沖縄芸術祭文学賞、90年「賞の柩」にて第3回日本推理サスペンス大賞佳作、92年「三たびの海峡」にて第14回吉川英治文学新人賞、95年「閉鎖病棟」にて第8回山本周五郎賞、97年「逃亡」にて第10回柴田錬三郎賞、2010年「水神」にて第29回新田次郎文学賞、11年「ソルハ」にて第60回小学館児童出版文化賞、12年「蠅の帝国」「蛍の航跡」2作にて第1回日本医療小説大賞、13年「日御子」にて第2回歴史時代作家クラブ賞作品賞、18年「守教」にて第52回吉川英治文学賞を受賞。


1.白い夏の墓標

2.十二年目の映像

3.カシスの舞い

4.空の色紙

5.賞の柩

6.三たびの海峡

7.アフリカの蹄

8.臓器農場

9.閉鎖病棟

10.総統の防具(文庫改題:ヒトラーの防具)


空夜、逃亡、受精、安楽病棟、空山、薔薇窓、エンブリオ、国銅、アフリカの瞳、千日紅の恋人

帚木蓬生作品のページ bQ


受命、聖灰の暗号、インターセックス、風花病棟、水神(上下)、やめられない、蠅の帝国、蛍の航跡、ひかるさくら、日御子

帚木蓬生作品のページ bR


移された顔、天に星地に花、悲素、受難、守教、襲来、沙林、花散る里の病棟

帚木蓬生作品のページ No.4

         


   

1.

●「白い夏の墓標」● ★★


白い夏の墓標画像

1979年
新潮社刊

1983年01月
新潮文庫


1996/12/21

帚木さんのデビュー作。
最近の作品に比べればストーリィの多様さに欠けますが、構成もしっかりしていて、最後の逆転も読者を充分納得させる仕上がりとなっています。
その後の帚木さんの活躍を充分予想させる、価値ある作品と言えます。

パリの国際ウイルス会議に出席した佐伯教授が主人公。
佐伯は、アメリカの元学者ベルナールという老人から、20数年前の同僚・黒田武彦の消息を聞きます。黒田はアメリカで事故死した筈なのに、事実はそうじゃないという。
そのため、佐伯は、ベルナールから教えられたピレネー近くの片田舎にあるという黒田の墓へ向かって旅立ちます。過去の謎を解く為に。
黒田の消息に関わる重大な秘密を持っていたのが、ジゼルという女性。このジゼルの描写には不足を感じますが、黒田の佐伯に対する思いの強さ、人間が生きる尊厳の根幹を歌い上げる作者の筆力には、力強いものを感じました。

  

2.

●「十二年目の映像」● 


1981年06月
新潮社刊

1986年01月
新潮文庫

2014年11月
集英社文庫化

1996/12/21

他の帚木作品とは、まるで趣の異なる作品です。そして、全体的に暗い。
主人公は、TV局では地味な運用課に勤務する川原庸次。ある時、川原は12年前の学生運動闘争の象徴とも言える、安田講堂の攻防を学生側から映したフィルムがあると教えられます。しかし、保有していると教えられた人間は川原にフィルムを郵送した後、組織の残存者に拷問されて殺されます。そして、川原の周辺にも、監視しているような気配が。
この作品については、私と帚木さんとの間に、年代の差、放送局に一度在籍した経験の差、を感じます。それはまた、日本における権力闘争の象徴的な出来事への思い入れの差かもしれません。そうした思い入れは、正直言って私には最早判らないことです。

  

3.

●「カシスの舞い」● 

  

1983年10月
新潮社刊

1986年11月
新潮文庫

 

1996/09/26

臓器農場の先駆作となっている作品です。
舞台はマルセイユの精神科医療病棟。主人公は日本人医師・水野。恋人の看護婦シモーヌや、剣道の仲間である地元警官らが水野に絡んで登場します。
シモーヌの叔父の遺体にあった開頭手術の跡、バラバラ死体の該当者らしい通院患者等の疑問。水野は、単独でこれらの謎の解明に挑んでいきます。
「臓器農場」との違いを考えると、水野医師は剣道仲間という関係から、最初から警察との接点を持っています。その為もあって疑問、調査、発覚がストレートに進むため、展開が急速・簡単に過ぎ、迫真性をやや欠くように思います。
また、水野、シモーヌとも人物の描きかたがやや表面的で、魅力に欠ける面があります。あくまで「賞の柩」の津田、紀子、「臓器農場」の的場、規子、優子に比べてではありますが。

  

4.

●「空の色紙」● 

  

1985年02月
新潮社刊

1997年12月
新潮文庫化



1997/09/14

メディカル・フィクション中編3篇を収録した一冊。しかし、読んで面白かった、 という作品ではありませんでした。

「空の色紙」 1984年
帚木さんの、精神科医としての考え方を示すような作品です。主人公である精神科医・小野寺は、刑事被告の精神鑑定を引き受けていますが、実は小野寺自身にも30年に亘る妻への秘めた妄想があった、というストーリィ。本来、精神病かどうかは、紙一重の差でしかない。それが病として世間から扱われるに至るかどうかは、周囲の人間の受け止め方による、という主張。

「嘘の連続切符」 1977年
「頭蓋に立つ旗」 1976年  九州沖縄芸術祭文学賞受賞
共に学生運動を背景にしたストーリィ。
前者は、医大教授とその配下にある講師の発表した論文の虚偽が、運動側についている青医連に利用され、告発された経緯。後者は、解剖標本の遺体の頭蓋骨が紛失、学生の単位パスを狙った教授への心理的動揺作戦だったという話。
帚木さん自ら、後書きでこの2編への論評文、および書くに至った動機を紹介していますが、そのままズバリだと思いました。
前者は、医学論文をみているとその記述の裏に血なまぐさい死闘が見えて楽しい、という医学論文の探索から生まれたとのこと。後者については、「肩をいからせ意気込み、全力疾走してはみたものの、ゴールで息切れしている」とのことです。

  

5.

●「賞の柩」● ★★  日本推理サスペンス大賞佳作


賞の柩画像

1990年12月
新潮社刊

1996年02月
新潮文庫

2013年11月
集英社文庫化

1996/02/25

長篇ミステリというには比較的短い作品ですが、良い作品でした。単にミステリというに留まらず、人が生きていく上で大切なものを謳いあげている点、ラブロマンスが明るい局面にて自然な形で 織り込まれている点。
本書について驚いたのは、ノーベル賞が題材になっていること。推理小説の(それも日本の)小説の題材になろうとは、思いもよりませんでした。

ストーリィは、亡き清原教授の弟子である津田孝が、教授のエッセイに書かれた内容から、死の真相と真実を恩師の為に明らかにしようとするもの。悪事の暴露が目的ではなく、真実を明らかにすることが目的となっている点が、好印象。
そのストーリィに絡み、パリに絵の勉強に来ている清原の娘・紀子と津田のラブ・ストーリィが描かれますが、これもまた気持ちが良い。津田の友人ルイスに会う為、2人してスペイン・カタルニアまでのドライブ行が楽しい彩りでした。

※本作品の紀子臓器農場規子は、帚木作品でもとくに私の好きな女性2人です。

  

6.

●「三たびの海峡」● ★★★    吉川英治文学新人賞


三たびの海峡画像

1992年04月
新潮社刊

1995年08月
新潮文庫



1995/09/02



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読み応えを感じ、感動した本ほど、感想を書くのは難しい。うまく自分の思いを書き表すことができないのではないか、という不安を感じるからです。また、書くべきことが多すぎて手に余るような 気がします。本書もそうした作品のひとつです。

太平洋戦争時、河時根は、17歳にして父親の代わりに朝鮮から日本へ強制徴用されます。日本に辿り着いて時根らが経験したことは、事前の話とは全く違った状況。九州の高辻炭坑にて、まさに監獄と同一の過酷な労働実態、そして食事も、幹部ら中間搾取するため酷い状況。
実際、戦時中における朝鮮の人たちへの日本の横暴振りから、本作品に描かれる強制労働の様子は、決して作り事ではないと思います。それだけに、胸の痛くなる思いがします。

そして、逃亡、終戦、帰国とストーリィは展開していきますが、一度過酷な運命に落とされた河時根は、そう簡単に幸せを手に入れることはできません。この辺り、とくに切なさが嵩じ、耐え難い思いがします。
幾多の困難を乗り越えて、一応成功者となった河時根は、海峡を3度目に渡り、来日します。そこにサスペンスの要素が秘められているところに、帚木作品ならではの魅力があります。

この作品で最も衝撃的であったことは、何故人間が同じ人間に対してこうも酷いことができるのか、ということ。この酷さ、リンチに発揮される凶暴さは何なのか。何故日本人は?と思わざるを得ません。
朝鮮の人々の日本への恨みは、当然のことだと思います。ただ、今の日本人のどれだけがこのことを認識し得ているのか。日本国民は、この事実を常にわきまえ、反省し、現在の行動に反映しなくてはならないと思います。しかしながら、日本の前戦争に対する取り組みは、被爆を中心とした戦争の悲惨さのみ強調し、自分たちの国がしたことへの反省、責任の自覚が不足しているように思います。

この物語の主人公は勿論河時根なのですが、その恋人となる日本人・千鶴の運命、辛苦については、河時根に対する以上に感動を覚えます。女性の強さをしっかり見せてくれる千鶴は、本作品にあって河時根以上に感動を呼び起こす人物です。

  

7.

●「アフリカの蹄」● 


アフリカの蹄画像

1992年03月
講談社刊

1997年07月
講談社文庫化


1996/12/07

題名の「アフリカの蹄」とは南アフリカ共和国のこと。アフリカ大陸を動物に模すと、ちょうど蹄の部分にあたるのだということです。本作品は、南アフリカ共和国へ留学している日本人医師が主人公。そこで彼が直面する事件と、その解決のために彼が自ら渦中に飛び来んでいくというストーリイです。

事件というより、大規模な犯罪というにふさわしい。
私がファンであるクライブ・カッスラーの主人公ダーク・ピットが飛び出してきて、大スペクタクルを展開しても何の不思議もないネタなのですが、そこはそれ、作者が帚木さんだけに、ストーリイの核心は人間の尊厳と医師の良心という問題にしぼられています。
舞台設定が大きい割りに、帚木さんのストーリイ展開はかなり大雑把で安易な感じがしますが、その分ストーリイ展開は早く、かえって帚木サンの底辺にある人間観、医学観が熱意をもって読む側に迫ってくるような感じがします。
頁数も 200頁ちょっとですから、楽に読める程度で充分楽しめる作品でした。

  

8.

●「臓器農場」● ★★★


臓器農場画像

1993年05月
新潮社刊

1996年08月
新潮文庫

1996/08/17

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読み甲斐のある作品でした。そして、帚木蓬生作品の中で、私が一番好きな作品。

ミステリー作家だと決め付けられているようですが、帚木作品は単にミステリーの形を取っているだけで、中身はかなりヒューマンティックな要素が強いと思います。本書の舞台は、九州のある山頂中腹にある新興の近代的病院。そこに新任看護婦として規子、優子の二人が配属されたところからストーリィは始まります。

このストーリィの中で、帚木さんは二つの問題提起を行っているのではないでしょうか。無脳症児への考え方、病院の看護婦に対する扱い方。
それにしても、帚木さんは女性の描き方がうまい。最後の規子への告白には、若い女性への讃歌、看護婦という崇高な道を歩み始めた女性への崇拝の気持ちが満ち溢れていて、感動を覚えます。

規子以外の、親友の優子、ケーブルカー運転手の藤野茂もまた、それぞれ個性的で存在感のある人たちでした。次の作品を読むのが楽しみになります。

  

9.

●「閉鎖病棟」● ★★☆   第8回山本周五郎賞

閉鎖病棟画像

1994年04月
新潮社刊


1997年05月
新潮文庫化

1996/09/08

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感動的な作品でした。ミステリー作家という面影は全く感じません。

精神病院の中で生活する人々の姿。中に在って彼らを見るなら、個性的で少し偏屈というのとさして変らない。そんなところに、帚木さんの精神科医としての温かい愛情の眼を感じます。
そして、その病院の中で起こる事件、病院の外へ去っていく人たち。その人たちへの、帚木さんの精神科医としての真摯な患者へのメッセージを強く感じます。

ミステリー作家かどうかはどうでもいい、価値あり、感動する作品であればそれだけで十分、という気がします。
一方、吉村昭「仮釈放を思い出します。あんな結果は、人間として堪らない。暫く経つほどに「仮釈放」のやりきれなかった思いが、この作品を読んでこれまで以上に鮮明に甦ります。

  

10.

●「総統の防具」● ★★
 (文庫改題:ヒトラーの防具)


総統の防具画像

1996年04月
日本経済
新聞社刊

1999年05月
新潮文庫化
上下
(各743円+税)



1996/11/10



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第二次大戦の直前、ベルリンの陸軍武官事務所に赴任した日独混血の香田光彦中尉が戦争終結までベルリンにとどまって歴史の事実を見据える、というストーリイ。何故日本民族が戦争に巻き込まれたか、ということについては数々の作品が書かれていますので、いまさらどうのということはありませんが、海外の武官、それも最もドイツにひきずられた現場を知る、という部分には興味がひかれました。

ベルリンを訪れた「私」がその地の剣道道場を訪れた折、ドイツ人から古い剣道防具が保存されていることを聞く。現物を見に訪れた「私」はその防具が、対戦直前ヒトラーに贈呈されたものであること、それに添えられた日記のようなノートの存在を知る。本作品の中身はそのノートに綴られた内容、という形式です。

香田光彦、父ドイツ人、母日本人の混血。ドイツ語に堪能であることから、若くしてベルリン武官事務所に武官補佐官として赴任してくる。当時のドイツはヒトラー熱が高まっているところで、東郷駐独大使がナチ・ドイツに冷静、批判的なのに対し、大島武官はヒトラーの熱烈支持者だった。
にも拘わらず光彦がナチズムに対する冷静な目を失わなかったのは、下宿した大家の音楽家ルントシュッテット夫妻ら一般の良心的ドイツ人と触れ合っていたこと、ミュンヘンの精神病院に長らく勤務している兄雅彦からナチスのやり方の実態を見聞していたこと、東郷大使と親密に語らい合える間柄だったこと。そして何より重要なこととして、ユダヤ娘であるヒルデの存在。

帚木さんが光彦を借りて語り掛ける言葉は多いのですが、その中でも「真実は常に弱者の側にある」という言葉は印象的でした。
“総統の防具”という表題の意味は最後に至って漸くわかりますが、それは光彦が自分らしく生きる為に与えられた選択の機会だったのかもしれません。
作品の終わりには、光彦だけでなく、登場した多くの人々への愛おしさを強く感じました。分厚い1冊ですけれど、読み始めるとその厚さは気になりません。

     

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