飛鳥井千砂
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1979年北海道生、愛知県稲沢市出身、愛知県淑徳大学文学部卒。2005年「はるがいったら」にて第18回小説すばる新人賞を受賞し作家デビュー。


1.海を見に行こう

2.UNTITLED


3.鏡よ、鏡

4.女の子は、明日も。


5.砂に泳ぐ(文庫改題:砂に泳ぐ彼女)

6.そのバケツでは水がくめない

7.見つけたいのは、光。

 


           

1.

「海を見に行こう」 ★★


海を見に行こう画像

2012年12月
集英社文庫刊
(460円+税)



2013/02/11



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海辺の街を舞台にした短篇集。
といっても舞台が海辺という以外に各篇の共通点は少なく、強いて言えば、各々主人公たちが迎えたささやかな人生の節目と言えるドラマという処でしょう。
各篇の主人公、最少は中2女子、そして20代〜30代の男性、女性とかなり幅広い。

どの篇も好い、と言い切れないところがちょっと残念ですが、冒頭の2篇+表題作が秀逸。
「海風」は、19歳の時駆け落ち家出して今は22歳のが主人公。彼と喧嘩して飛び出したもの行き先なく、叔父が経営していた民宿を目指しますが、なんとラブホテルに変わっていた・・・。
どんなことがあっても、筋を通す、ケジメをつける、これがきちんとできるのなら、未来は開ける筈という共感を覚える篇。
「キラキラ」は、陸上部でただ一人のハイジャンプ選手という麻衣が主人公。毎年姉に連れられて幼馴染3人で花火見物に出かけるのが常でしたが、今年はバラバラ。いずれそうした時を迎えるものですが、人の仕様など気にせず、自分らしい道を進めばいいだけなのだと、エールを送りたくなる篇です。麻衣の感性が瑞々しく、清冽な魅力を放っています。
表題作
「海を見に行こう」は、何か事情があるらしく、突然海辺の街にある実家に戻って来たを主人公とするストーリィ。両親、妻、そして主人公の4人を温かく包みこもうとするような包容力に魅力あり。

どの篇も、光り輝く海の景色がポイントになっているようです。多少苦味もありますが、海の景色を感じながら清々しく感じることの多い短篇集です。

海風/キラキラ/笑う光/海のせい/小さな生き物/海を見に行こう

                     

2.

「UNTITLED アンタイトル ★★


UNTITLED画像

2013年08月
ポプラ社刊
(1400円+税)

2015年07月
ポプラ文庫化



2013/09/18



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何事にもそつがなく、職場でも優秀という評価を得ている女性、宮原桃子(とうこ)、31歳。
その桃子に較べ、大学中退、劇団入りしたものの27歳になった今もバイト身分という困った弟=
健太から、7年ぶりに実家に顔を出したいという連絡が来ます。両親もそれなりに喜んで健太を待ちかねていたところ、健太はいきなり彼女を連れて現れ、しかもその近藤雅美たるや呆れるファッション。桃子の雅美に対するダメだしは数え切れず・・・・。
しかし問題なのはそれから後。堅実な専業主婦であった筈の母親の思いもよらぬ行動、そして大手企業の非常勤監査役であった筈の父親は・・・と各々が家族を騙してきた事実が明らかとなり、 ルールを守ることが何より大事というポリシーの桃子にとっては信じ難い事態となっていきます。
雅美が登場して以来、模範的家庭だった宮原家は瓦解していくよう。一体何が宮原家に起きたのか。

しかし、上記の展開は驚きや騒動より、むしろホッとするような雰囲気を生みだします。それは何故なのか。桃子の言い分は正論かも知れませんが、固っ苦しいのです。
そこからふと気づいたことは、常識人であった筈の桃子の方こそ実はオカシイのではないか、ということ。
ごく普通の日常ドラマに仕掛けられた逆転劇という面白さも勿論なのですが、いつのまにか読者もアンチ桃子になってしまわざるを得ないところが愉快。読者が主人公に敵対してしまうなど、およそ考えられない展開でしょう(余程の悪人小説でない限り)。

宮原家の4人が二度目に揃った場面でのやりとりがすこぶる愉快、噴飯ものと言って良いかもしれません。
最後はシリアスな気分ではなく、愉快な気分になってストーリィを読み終えられるところ、飛鳥井千砂さんに拍手です。

1.弟、帰る/2.弟の恋人/3.母の不審/4.母、貢ぐ/5.父の不在/6.父、笑う/7.私の家族/8.私の名前

            

3.

「鏡よ、鏡 ★★


鏡よ、鏡

2014年03月
双葉社刊

(1500円+税)

2016年12月
双葉文庫化



2017/01/07



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同じ化粧会社に美容部員として入社した佐々木莉南(リナ)、仁科英理子(エリコ)の2人が主人公。
対照的な性格の2人は当初こそ理解できない相手のそぶりに反感を抱きますが、やがて自分にはない相手の長所を認識して、大の親友になっていく。
しかし、仕事上で起きたある事件をきっかけとなって、その性格と状況故に2人の進む道は分かれ・・・・。
鏡を見るという行為をモチーフに、化粧品会社の販売店という舞台を背景にて、若い女性2人の友情と訣別を描いた長編ストーリィ。

就職して同じ職場に配属される。性格が正反対だけに反目もしますが、目を変えれば相手の良いところがきちんと見える。
この辺りはテンポもよく痛快で、読み応えがあります。
しかし、職場とは理想通り、理屈通りにはいかないもの。そのことが2人の友情をまで分かちてしまうのでしょうか。
どちらが主人公、どちらが良い悪いとも言えかねるだけに、ハラハラすると同時に心痛む思いがします。

佳境に入った後の展開があっさり済まされてしまい物足りなくも思いますが、それを十分補っているのが、結末の見事さ。
苦汁を経てお互いに成長した後にまた向かい合うことのできる友情の、何と確かで美しいことか、と思います。
途中で目を覆いたくなる場面もありますが、それは全て最後のシーンのためと思えば、十分納得できます。

読み応え十分な、若い女性2人の友情と成長の物語。

     

4.
「女の子は、明日も。 ★★


女の子は、明日も。画像

2014年06月
幻冬舎刊
(1500円+税)

2017年02月
幻冬舎文庫



2014/08/03



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千葉の片隅にある公立高校の同級生、当時はさして親しい仲でもなかったが、32歳になった今、東京で再会してみるととても懐かしい。そんなことで月に一度定例的に食事会を行っている女子4人の夫々を描いた連作式長編小説。

同じ年代の女子を夫々に描いた作品はというと、今やそれ程珍しいとは思いませんが、本作品ではかつての同級生、4人とも結婚しており、子供はいない、という共通項があるのが特徴でしょうか。
15歳年上の眼科医を夫に持ち専業主婦である
満里子を除いては、3人共仕事持ち。悠希は雑誌編集者として活躍中、夫は5歳年下の剽軽者。理央は初めて翻訳した児童向け作品がヒットして今や注目の翻訳家、夫は大学の同期生。仁美はバイトのマッサージ師で、夫は3歳年上、不器用ながら優しい。
4人とも過不足ない今を送っているように見受けられますが、実は夫々に過去のトラウマ、しがらみから、内面では淋しさ苦しさを抱えている、というところが難しいところ。

男性でもその年代になれば女子と同様に悩みはあるもの、と思いますが、出産年齢や家庭と仕事の両立という課題を考えるとやはり女子の方が悩みは大きいのでしょう。

4人の違いを象徴するのが夫々の夫像。実に多彩でそこに面白味があり。
各自の性格設定と並んで各カップル像も大きく異なるので、その分どの篇も面白く読めますが、本書の女性4人は現代に生きる30〜40代女性の普遍的な姿であろうと思います。
本書においては、登場人物夫々の日常生活や悩みを細やかに、そして鮮やかに描き出しているところがお見事。
4人共にお互いを見て、相手の苦労も知れば自分の偏狭だった心の内も振り返る、という展開が圧巻。お薦めです。

女の子は、あの日も。/女の子は、誰でも。/女の子は、いつでも。/女の子は、明日も。

    

5.
「砂に泳ぐ」 ★★☆
 (文庫改題:砂に泳ぐ彼女)


砂に泳ぐ画像

2014年09月
角川書店刊
(1500円+税)

2017年06月
角川文庫化



2014/12/25



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主人公の蓮井沙耶加は、地元の国立大学を卒業して携帯販売会社勤務、過不足のない恋人もいる、というまずまずの状況。
しかし、その恋人との間にズレを感じるようになると共に、現在の生活に閉塞感を感じるようになる。
そして一念発起、恋人と別れ、東京に出て派遣社員として働きながら一人暮らしを始めます。
そんな主人公の25歳から35歳まで、10年に亘る成長物語。

ありそうであって、実は中々ない、という物語ではないかと思います。10代女子なら、あるいは10代から20代にかけてという年代だったら、成長物語というのも珍しくはないでしょう。
でも本書の沙耶加は既に25歳、しかもその後の10年間に亘って成長を遂げていく、というのは実に凄いことではないのか。

主人公=沙耶加の良さは、何事にも真っ直ぐ向かい合うこと、自分の本心をきちんと確かめながら進んでいこうとすること、そして安易に妥協せず自分の正直な気持ちに従って真っ直ぐ行動しようとするところ。
さらりと読み過ごしてしまうことかもしれませんが、それがどんなに素晴らしいことかと思うのです。
とかく大人になってみれば、妥協を繰り返しながら、現状を自分自身に納得させようとしがちなのが常のことなのですから
沙耶加の潔さ、確かさ、その真摯さが何より魅力。
また、出会った様々人との繋がりをきちんと大事にしてきたということも、彼女がチャンスを掴む要因となったのでしょう。

自分は変わった、成長した、強くなった。そう確信をもっていえる一人の女性の成長ストーリィは、生きることの喜びを清新に感じさせてくれます。
まさに大人の女性向け成長ストーリィ、お薦めです。
なお、沙耶加が恋人と決別する場面のやりとりは、真に圧巻。

             

6.

「そのバケツでは水がくめない ★★


そのバケツでは水がくめない

2017年12月
祥伝社

(1700円+税)

2021年01月
祥伝社文庫



2018/01/15



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読み始めてすぐ、あぁ、もう読みたくないなぁ、と思ってしまいました。
ファッション業界が舞台、若い女性2人が主要登場人物となるストーリィ、何となく予感が働いてしまったということか。
決して作品がつまらない、嫌な作品ということではありません。ただ、やりきれない思いに囲い込まれてしまいそうな作品、という不穏さを感じてしまった次第。

主人公は
佐和理世。転職して4年前に中途入社した中堅アパレルメーカーで、2年前に本社の企画・生産課へ異動、現在はマーチャンダイザーの職にあります。
今回新たなブランドを立ち上げることになり、理世はそのメンバーの一人として選ばれます。
その理世が偶然出会ったのは、
“kotori”という名で活動する同世代の無名デザイナー=小鳥遊美名
彼女の感性に惹きつけられた理世は彼女を早速スカウト、その期待に応えるかのように美名のデザインは人気を博し、新ブランドは好調に滑り出すのですが、次第に美名は・・・。

人を傷つけることに、何の痛みも感じないどころか、そもそもそうした感覚が欠如している人物、次第に増えているのではないかという危惧を感じさせられるストーリィです。
現実問題として、ストーカー、モンスターペアレンツという例もありますし。

優しい人ほど、自分にも悪い点があったのではないかと思うからこそ、自分自身が追い詰められてしまう。
難しいことなのでしょうけれど、誰かに相談する、時には逃げることも最良の選択肢。
現代社会では、そんなリスクがあちこちに横たわっているのかもしれません。本ストーリィ、ひとつの教訓として受け止めたという気持ちです。

途中、やり切れない思い、キツイ思いもしたストーリィですが、最後は安らいだ気分を与えてもらえて、思わずホッ。


1.この雨の名前/2.雨が止んだら/3.私の名前は美名(みな)/4.ねえ、リーゼ/5.There's a hole in the bucket/6.一滴、一滴、水がこぼれ落ちる/7.そのバケツでは水がくめない/最終章.やさしい雨

               

7.
「見つけたいのは、光。 ★★★


見つけたいのは、光。

2022年07月
幻冬舎

(1700円+税)



2022/08/11



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亜希、35歳。一歳の息子を育児中。
かつて妊娠を告げた途端に派遣止め、現在は休職中であるものの保育園が見つからない。夫の英治は育児に協力的だが、勤務先の料理店がブラック職場でままならず、亜希のストレスは増すばかり。唯一の慰めはシングルマザーのブログ“Hikari's Room”だったのですが・・・。

茗子(めいこ)、37歳。結婚して6年経つが子供はいない。会社でチームリーダーを務める茗子の配下にいる若手社員は子持ちが多く、産休や育休、育休シフトとその度に負担は茗子にかかり、ストレスと疲労は増すばかり。そのうえ、恋愛結婚した夫、実は自分勝手なろくでなしと今では分かっている。唯一のストレス発散先が“Hikari's Room”だったのですが・・・。

亜希と茗子、状況は対照的ですが、それぞれの苦労、葛藤、実にリアルでよく分かります。それだけでも十分読み応えがあるのですが、後半に至ってからが素晴らしい。

2人の子供を育てるシングルマザーの
美津子・40歳と、上記2人が偶然にも出雲のホテル内にある小料理店で一堂に会するのですが、そこから始まる3人のトークが、抜群の面白さ。
最初こそ、お互いに遠慮し、警戒し合って軽くジャブという感じだったのが、お互いに通じる部分があると分かると、本音バトルが延々と続いていく、という感じ。

この場面で妙と思うのは、3人の本音トークに立ち会う人物として、ベテランの板前を一人」を配していることです。
この板前さん、まさに読者のアバターと言って良いでしょう。
会話は面白いもの、まして言い辛いことも、思い切って口に出してしまう、受け取る、この3人の位置取りが実にいい。

エピローグも楽しいのですが、必然的なおまけ、です。
是非、お薦め!

     


   

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