作中小説、中原健太宛ての手紙、そして小説家である柏原育弥を主人公とする本ストーリィが同時に蓋を開け、それらがどういう関係にあるのか示されないままストーリィは進んでいく。
一体どんな小説なのか、どんなストーリィ構成なのか、皆目見当つかず。
作中小説の主人公は閉ざされた部屋の中で亜美香と名付けられたラブドールに欲情を催し、柏原は宮崎舞華という若い女性と出会い、部屋に招き入れた途端にその舞華に翻弄されていく。
そしてその柏原が抱えていた問題、11年前歩道に倒れていたところを助けられたその前一週間の記憶を失っているという事実が浮かび上がってきます。
その事実が今になって突然柏原の前に立ち塞がり、次々に登場する人物たちが、柏原が記憶を失っている間の出来事を言い立てて柏原を脅し付けていく。
エロスに満ちていた雰囲気は一転してホラー的サスペンスへ。
記憶を失っているという事実の何と恐ろしいことか。それが事実なのか虚偽なのか、まるで自分では判らないのですから。
まるで足元の地面が崩れ落ち、どんな穴の中に落ち込んでしまうのかまるで判らない恐怖。まるでジェットコースターのように容赦なく膨らんでいくスリル感は、怖いものの蠱惑的で頁から目が離せなくなります。
現代のラブドール、江戸時代の吾妻形人形、小泉八雲「骨董」に解離性障害と、気を惹かれる小道具がいっぱい。
ストーリィとしてどうなのか、また読み手の好みに合うかどうかという面はありますが、怖ろしい程スリルに満ちたサスペンス性は読み応えたっぷり。
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