ネイサン・イングランダー作品のページ


Nathan Englander  1970年米国ニューヨーク州ロングアイランドのユダヤ教正統派コミュニティに生まれ、敬虔なユダヤ教徒の少年として成長。ニューヨーク州立大学在学中に初めてイスラエルを訪問。非宗教的知識人の存在にカルチャーショックを受け、やがて棄教。短篇集“For the Relief of Unbearable Urges”にて2000年度PEN/マラマッド賞、スー・カウフマン新人賞、バード・フィクション賞、2012年「アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること」にてフランク・オコナー国際短篇賞を受賞。

 


                

「アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること」 ★★☆
 
原題:"What We Talk About What We Talk About Anne Frank"    訳:小竹由美子
     フランク・オコナー国際短篇賞


アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること画像

2012年発表

2013年03月
新潮社刊

(1900円+税)

  

2013/04/23

  

amazon.co.jp

同胞であるユダヤ人、ユダヤ教徒を描きながら、そこにはシニカルな視線がある、という印象を受ける短篇集。
他では読んだことのない視点だけに、強く惹きつけられます。
作者のイングランダーは、元々正統派ユダヤ教徒として育ちながら後に棄教したという。そうした作家自身の経歴がその作品に投影されているのでしょう。

冒頭
「アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること」は、レイモンド・カーヴァー「愛について語るときに我々の語ること」のオマージュだと言う。しかし内容に関する限りカーヴァー作品を気にする必要はありません。ストーリィは、米国に住む夫婦の元に長らくイスラエルで暮らす妻の親友夫婦が訪れてくる話。4人が酒を飲みながら語らう中で登場するのが“アンネ・フランク・ゲーム”。これはもうユダヤ人以外には入って行けない領域だろうと思うのですが、そこから露わになっていくのは夫婦が互いに抱えていた葛藤、秘密という普遍的な問題であるところが本篇の妙味。

本短篇集で最も忘れ難い篇が
「姉妹の丘」。ヨルダン川西岸に入植したユダヤ人女性の過酷な人生を描くのですが、最後には同朋女性と娘を奪い合う争いに転じてしまうという展開が何とも言いようなく滑稽というか不幸というか。
そこに感じるのは、ユダヤの風習とユダヤの教えにがんじがらめになり、結局は人本来の道を見失った観のあるユダヤ人女性の頑迷な姿です。ユダヤ人の心の奥深くに隠された鬱屈した思いが透けて見えるように感じられます。

「覗き見ショー」は愚かしくもコミカルで人間的、「キャンプ・サンダウン」の老人たちが示す執念には圧倒される思い。
また、
「若い寡婦たちには果物をただで」については、果たしてどう受け留めればいいのやら。
 
シニカルにして時にコミカルさも漂わせ、底深い味わいを感じさせてくれるユダヤ作家による短篇集。お薦めしたい逸品です。

 
アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること/姉妹の丘/僕たちはいかにしてブルム一家の復讐を果たしたか/覗き見(ピープ)ショー/母方の親族について僕が知っているすべてのこと/キャンプ・サンダウン/読者/若い寡婦たちには果物をただで

    



新潮クレスト・ブックス

      

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