ヤスミン・クラウザー作品のページ


Yasmin Crowther  イラン人の母親とイギリス人の父親のもと英国生まれ。オックスフォード大学、ケント大学に学び、シンクタンク、サステイナビリティー社に勤務、企業コンサルタントの傍ら35歳で「サフラン・キッチン」を執筆。同作品は2005年ロンドン・ブックフェアにおいて各国出版社の注目を集め、ドイツ・イタリア・オランダ等での出版が早々と決まり話題となる。

 


 

●「サフラン・キッチン」● ★★☆
 原題:"The Saffron Kitchen" 
    訳:小竹由美子




2006年発表

2006年08月
新潮社刊

(2200円+税)

 

2006/09/29

 

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イラン人である母親マリアム、英国人の夫との間に生まれた娘サラ、その2人の女性の物語。
この作品はロンドンで開かれたブックフェアで、まだゲラ刷りだったにもかかわらず多くの注目を集め、様々な国での出版が決まって話題になったとのこと。本国イギリスでも本年5月に出版されたばかり、しかも処女作だというのですから驚きです。
いったいどんな作品なのだろうと半ば期待、半ばまさかと思いつつ読んだのですが、(マリアムとサラが交互に第一人称で語る部分に戸惑いを覚えたものの)情に流されず淡々として、しかも品格のある美しささえ感じられる本作品には、完全に脱帽です。評判になるのも当然、それだけの価値ある作品と納得。

妊娠中のサラに起こったアクシデント。その結果サラは流産し、そのことに責めを感じたマリアムは、救いを求めるかのように母国イランへ旅立ちます。
マリアムを愛する夫、そして娘の元から何故別の世界へ行こうとするのか、そんな母親にサラは不信感を禁じえない。そして母親から手紙が届き、サラもまた母親の故郷の地マーズレーへと向かう。
そのマリアムの故郷には、サラの全く知るところのなかった母親の秘められた過去があった、というストーリィ。

何もドラマチックなストーリィが展開されるという訳ではありません。若い頃の思い出を慈しみ、自らの原点に立ち戻りたいというしむ気持ちは誰にでも起きるものでしょう。
しかし、マリアムの場合、父親から外国に放り出され、しかもその後に起きたイラン革命によって父と弟を失い、故郷との行き来を断たれてしまったという経緯がある。そのことがマリアムをして、行き場を失ったような傷をずっと抱えることとなった。
それは、自分から望んで外国に移り住み、好きなときにいつでも母国に帰れる、そして帰った母国には親しい人間が多くいるという状況とまるで違うものです。
ひとりの人間の中に在る母国、故郷の存在、そして大切な思い出を共有できる人との繋がりが如何に大きなものであるかを、しみじみと感じさせられる作品です。
40年以上を経て今なお故郷への想いを断ち切れず抱える母親マリアムと、半分血を受け継ぎながらもイランは見知らぬ遠い国であるに過ぎない娘サラの姿は対照的で、とても鮮烈です。

マリアムと英国人の夫エドワードとの夫婦関係、サラと夫ジュリアンとの夫婦関係、風習に縛られて生きるイランの女性たち。そして、マリアムとかつての恋人アリとの関係。
その中で、今なお堅い信頼で結ばれているかのようなアリとマリアムとの関係は、際立って爽快なものがあり、忘れ難い男女像です。
「わたしの過去で残っているのはアリだけなの。(中略)あの頃のわたしを知っているのはアリだけなの、思い出すのを手伝ってくれられるのは」というマリアムの一言には、自己のアイデンティテイーに繋がる、深いものが感じられます。
ロンドンあるいはイランのマシャドから見ても、マーズレーは索漠とした場所のようですが、その地に毅然として佇むアリとマリアムの姿は忘れられそうもありません。

     



新潮クレスト・ブックス

  

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