富士山の生い立ち

-噴 火-

富士山の歴史を振り返ると、約1300年前から約400年間、噴火を繰り返した活動期があり、約400年間の休止期に入った。
その後、約200年間の活動期が続き、1707年の「宝永噴火」で大爆発した後、現在に至るまで約300年間の休止期が続いている。

▽781年の噴火は富士山南部の鑵子山(かんすやま)(静岡県裾野市)周辺
▽800年は富士山直下から南西へ溶岩流れ
▽801年は二ツ塚(同県御殿場市)で火山灰のみの噴火
▽864年の噴火(青木ケ原樹海を形成)
▽937年は焼山(山梨県富士吉田市)付近での噴火
▽999年は現在の静岡県富士市大渕地区での噴火
▽1032年は大沢崩への溶岩流
▽1083年は吉田口の八合目付近から北方向に溶岩流
▽1707年の「宝永噴火」
日本洞窟(どうくつ)学会

 【小御岳(こみたけ)火山】(70万年から20万年前)  いまの富士山の少し北側に小御岳と呼ばれる火山ができました。このころ箱根山(はこねやま)や南側にある愛鷹山(あしたかやま)も噴火していました。
 【古富士(こふじ)火山】(約8万年前)  小御岳火山の南の斜面(しゃめん)から古富士火山が噴火を始めました。激しい噴火をくりかえし、何回か山が大きく崩(くず)れました。
 【新富士(しんふじ)火山】(約1万年前)  たくさんの溶岩(ようがん)を流す噴火が始まり、古富士火山をおおうように今の富士山ができ始めました。山頂(さんちょう)から火山灰(かざんばい)や火山れきもふき出しました。火山灰などが空気と交じって、斜面を流れる火砕流(かさいりゅう)や、山崩れも起きました。
 【歴史時代の噴火】  人が見ていた時代の噴火は少なくとも10回あったことがわかっています。山の中腹(ちゅうふく)から溶岩や火山灰が出る小さな噴火が多くなりました。
 最後の噴火は江戸時代(えどじだい)の「宝永(ほうえい)噴火」です。山腹(さんぷく)に大きな火口(かこう)ができ、たくさんの火山灰をふき上げました。灰は関東地方に広く降り、ふもとで2メートル以上、100キロ離れた江戸(いまの東京)にも数センチつもりました。
 富士山の溶岩はサラサラしたものが中心です。このタイプの溶岩はハワイやアイスランド、日本では伊豆大島や三宅島など島にある火山に多く、内陸(ないりく)の火山でたくさん出続けるのはとても珍しいことです。
 サラサラ型の溶岩は、山を壊してしまうような爆発的(ばくはつてき)な噴火が起きにくいといわれます。それが長い間、山頂の火口から出続けたから、標高(ひょうこう)3776メートルという日本一の山にそだったのです。 アサヒ・コムから