仙人の会について

 

「仙人の会」は1981年度日本民族学会関東支部懇談会修士論文要旨発表会において、意気投合した有志を中心に結成された。メンバーの多くはすでに大陸古文化研究会(上智大学)や中国民話の会(東京都立大学)などで面識を持っていたが、若手だけで研究会を立ち上げ、切磋琢磨しようということになり結成された。

当時は中国大陸で対外開放政策が始まり、現地調査を含めた研究の可能性が広がった時期で、また、後に照葉樹林文化論に代表されるような(日本文化論への関心と表裏一体に)中国大陸なかんずく南方の各民族の文化や社会に注目が集まった時期でもあった。しかし、会に集うメンバーは中国大陸だけでなく、香港、台湾、韓国、日本、東南アジアに関心を持つさまざまな分野の若手研究者、社会人が集い、まさに百花繚乱であった。

第一回目の研究会は1981年5月9日、JR四ッ谷駅近くの喫茶室・ルノアールの店内で行われた。二回目以降は、上智大学史学研究室、東京都立大学社会人類学研究室と中文研究室、東京大学文化人類学研究室などを会場にして開かれた。しかし、研究会の名前についてはさまざまな案が出たが、メンバーの専門領域と研究対象を包括的に捉えられるような研究会名がなかなか見つからなかった。そうこうするうちに、研究会終了後に頻繁に通っていた四谷駅近くのお好み焼き屋「仙人」の屋号を頂戴し、仙人の会と名乗ることになった。一説には、当時すでに学会の重鎮であったS教授がことのほか気に入ったのが、決定打になったともいわれている。その後、中央民族学院学報にも紹介され、知名度を高めていった。

研究発表の累計では中国の漢族、少数民族に関するものが一番多いが、毎年交代する幹事の裁量によって、毎年違った傾向と特徴が出ている。90年代以降は、人類学、民俗学、歴史学の分野の発表者が多くなっているが、分野の如何を問わず、発表者の多くは現地を知っており、研究会は専門を異にする参加者がさまざまな視点から議論を交わし、知的刺激を共有する場となっている。近年はHPの開設により、発表テーマに応じて、新しい参加者も増えており、幅広い分野からの発表と議論の場であり続けることを目指している。

(2008.5)