2014年 仙人の会12月例会


日時:12月13日(土)  14:00〜

場所:法政大学市ヶ谷キャンパス ボアソナードタワー9階 BT0903教室
 現地へのアクセスについては、こちらをご覧ください。
   交通アクセス(市ケ谷)(Copyright (c) Hosei University)
※いつもの例会会場とは異なりますので、ご注意ください。

発表者:二文字屋 脩氏(首都大学東京大学院人文科学研究科社会行動学専攻社会人類学教室)

発表題目
 社会を無化する社会性:ポスト遊動狩猟採集民・ムラブリの社会関係にみるアメニティ

要旨
 様々な文化的背景を持った民族集団が暮らすタイ北部には、「チャオ・カオ(山地民)」と呼ばれる、合わせて10の民族集団がいるが、その多くが焼畑移動耕作を伝統的な生業としてきた人びとである中で、唯一、狩猟採集民と知られる人びとがいる。タイでは「黄色い葉の精霊/お化け(ピー・トン・ルアン)」と呼ばれ、全人口僅か400人と極めて希少なムラブリである。
 フィールドワークで私が見てきたムラブリは、何ともつかみ所のない不思議な「距離感」を生きていた。近すぎず、遠ざかりすぎない、(恐らく)彼らにとって居心地の良い社会的距離感である。そのような、実体なき、いわば「雰囲気」ともいうべきものを調査者に感じさせるのは、恐らく次の台詞だろう。「お前次第だ」。足掛け二年にわたる調査で最もよく耳にした言葉の一つである。私はどう振る舞うべきか意見を仰ぐと彼らは一様に「お前次第だ」と言い、またある者の行為について意見を求めても「彼次第だ」と言う。もちろん当初は、部外者を執拗に警戒することで有名な彼らは私を避けているのだろうと思っていた。しかしムラブリ語を習得し、社会成員のみに平等に配られる豚肉を受け取ることができて以降も、「?次第だ」という台詞は、彼らの日常生活の至るところで聞かれた。興味深いのは、一見すると無関心ともとれる彼らの態度が、先行モノグラフにも記されてきたという事実である。つまりそれは個人的経験には還元しえない、ある種の社会的事象であった。ここで重要だと思われるのは、「俺次第だ」という台詞を二年間の調査で一度も耳にしたことがないという経験的事実 である。論理上、「お前次第」であるなら、「俺次第」もまた可能だが、ムラブリにおいて後者は全く欠如している。
 本発表では、狩猟採集民に関する先行研究の成果を踏まえ、ムラブリの「お前次第」とその周辺に位置づけられる民族誌的事例から、彼らの社会関係の特質について明らかにし、試論として、それを「社会を無化する社会性」として提示してみたい。私見によれば、社会的存在としての人間が他の社会成員と社会生活を送る以上、「社会」が生起する契機はここかしこにある。だが重要なことは、そうした契機があるからといって、たちまち「社会」が成立するわけではないということである。つまりここで問われるべき問題は、そうした契機は人びとにどのように解釈され処理されるのかという問いであり、社会を作り出す方向性もあるが、社会を作り出さない方向性もありうる。本発表ではムラブリの社会性を後者に当たるものとして捉え、議論してみたい。

※当日は資料・お茶代として200円いただきます。
(例会終了後には、会場近くで忘年会を兼ねた懇親会を予定しております。)