星空のふたり/マリリン・マックーとビリー・デイヴィス・ジュニアー
(ABC/日本コロムビア YK−819−AB)
すばらしいコーラスを聞かせてくれた「フィフス・ディメンション」で約10年活躍し、独立した2人が放ったスマッシュ・ヒットだ。2人はパーマネントなデュオ・グループとして活躍し、見事なコーラス・ワークとコンビネーションを聞かせてくれた。また、メロウな味を持ったこの曲はなにか明るい未来を感じさせてくれた。
サーチン・フォー・マイ・ラヴ/ボビー・ムーア
(グローブ/日本ビクター JET−1870)
長い歴史と伝統につちかわれてきたシカゴ・ブルース、この伝統あるブルースを受け継いで生まれたのが、シカゴ・サウンドと呼ばれたR&Bだ。このシカゴをベースに生まれたのがチェス、チェッカー、カデット3大レーベルだ。この曲はボビー・ムーア自身が作詞・作曲し、彼が敬愛するオーティス・レディングやパーシースレッジがレコーディングをしていたマッスル・ショールズでレコーディングされ1966年に発表された。昔、新宿にあった「ジ・アザー」などの、ダンス・フロアでよくかかっており、数年前にヒューイ・ルイスがカヴァーしたりしていた名曲だ。
二人のシーズン/ゾンビーズ
(CBS・ソニー SONG−80047)
1963年英デッカよりデビューし、「好きさ好きさ」「シーズ・ノット・ゼア」「テル・ハー・ノー」などのスマシュ・ヒットを出したが、英国CBSレコードに移籍、発売されたのがこの曲だ。ゾンビーズは 白人グループとしては、黒っぽいフィーリングを持ったグループでミディアム・テンポのキャッチーなこの曲はよくラジオから流れてきた。青春の1枚とも言える曲だ。リーダーのロッド・アージェントは その後「アージェント」というグループを作る。
涙のハプニング/エジソン・ライトハウス
(ベル/CBS・ソニー BELL−88058)
「恋のほのお」などのヒットの軽快なヒット・ナンバーを世に送り出したエジソン・ライトハウスの魅力的なナンバーだ。エジソン・ライトハウスはトニー・バロウズ参加の「オリジナル・エジソン・ライト・ハウス」、「第2エジソン・ライト・ハウス」等に分裂して、この曲は 「第3エジソン・ライト・ハウス」(Vo.ポール・ビグラス)が送り出したナンバー。この時代のポップ・グループは モンキーズとか1910フルーツ・ガム・カンパニーとかのようにメンバーなど寄せ集て作ったヒット曲を生み出すためのプロジェクトだったのかもしれない。昨今の音楽業界でよく行われる手法の先取りだったのかも知れない。
ビーナス/ショキング・ブルー
(ポリドール/日本グラモフォン DP-1694)
ショッキング・ブルーは女性1人を含むオランダの4人組グループ。この曲は1969年にオランダで発売され、まもなくオランダ国内のヒット・パレードで上位に進出、ベルギー、ドイツ、フランス、イギリスと次々に広がって行った。その10月にアメリカのレコード会社が権利を獲得して、アメリカでも1970年1月に全米トップ1に輝いた。日本でも 深夜放送で八木 誠が皿を回し、その哀愁を帯びたメロディーとシンプルなサウンドは話題となり、大ヒットした。
その後、バナナラマが この曲をカヴァーし、この曲も全米チャートの上位に進出し、ヨーロッパ発でありながら楽曲のパワーを見せつけてくれた。