オール・ライト・ナウ/ファイアー・アンド・ウォーター/フリー 
(アイランド/キング AM(I)−1002)

フリーは ポール・ロジャース(Vo)、ポール・コゾフ(G)、アンディー・フレイザー(B)、サイモン・カーク(Dr)で1969年結成されたグループだ。1970年に発売されたアルバム「ファイアー&ウォーター」に収録されている「オール・ライト・ナウ」がヒットし、一気にスターダムにのしあがる。フリーの魅力はポール・ロジャースの泣き節とも言われるヴォーカルと、ポール・コゾフのブルージ−なギターであろう。また、彼らのライヴ・バンドとしての評価は高く、1971年には本公演を果たした。再結成メンバー(ラビット、山内テツ)と共にエマーソン・レイク&パーマーと後楽園球場でコンサートを行い、日本のコンサート史上に残るイベントとして語り継がれている。7枚出したオリジナル・アルバムの中で5枚目のアルバム「フリー・ライヴ」だと言われているのもその所以である。このシングルは 彼らの名作のライヴ・ヴァージョンであり、小気味よくソリッドな彼らの演奏が聞ける。



僕の歌は君の歌/エルトン・ジョン
 
(フォルスター/東芝 FR-2705)

ダイアナ妃の国葬で 追悼の意を込めて「Candle In The Wind」を歌い世界中にエルトン・ジョンのソング・ライターとしてまたアーチストとしての素晴らしさを世界中に改めて知らしめたエルトン・ジョンであるが、1969年「エルトン・ジョンの肖像」で DJMレコードよりデビュー、1970年発表したアルバム「人生の壁」で一挙の才能を認められ、トップ・アーチストの仲間入りをした。今年、ビリー・ジョエルと競演し「東京ドーム」でコンサートを行ったが、1971年に日本でコンサートを行っている。バニー・トーピンとのコンビにより生み出された名曲は数知れないが、「僕の歌は君の歌」(1970年)は日本でも彼を知るキッカケとなった曲だ。当時は 「ロック・エイジの吟遊詩人」などと紹介されていた。




雨のささやき/ホセ・フェルシアーノ(5曲入りコンパクト盤)
(RCA/日本ビクター SRA−86)


盲目のシンガー、ギターを弾きながら軽快なテンポで歌う彼の歌はラジオから良く耳に入ってきた。このディスクは彼のヒット曲と、ロック・ポップスのヒット曲を集めた33回転シングルである。当時は LPを購入するのが大変だったので、コスト・パフォーマンスに優れるこうしたレコードがマーケットにあった。
*収録曲は (A)1.雨のささやき2.夢のカリフォルニア(B)1.ハートに灯をつけて 2.ハイヒール・スニーカーズ 3.アンド・アイ・ラブ・ハー。
ハイヒール・スニーカーズは オリジナルはスティービー・ワンダーの曲。





 太陽のあたる場所/スティービー・ワンダー
(モータウン/日本ビクター JET-173

第2のレイ・チャールズと言われデビューしたスティービーのヒット曲だ。
1922年にベリー・ゴーディーによって設立されたモータウン・レコードは輝かしい歴史を持っている。ソウル・ミュージックにソフスティケイトされたモダンな要素を取り入れ、新しい才能を発掘し、モータウン・ミュージックという音楽の世界を確立した。
シュープリームス、マービン・ゲイ、スモーキー・ロビンソンとミラクルズ、フォートップス、ジャクソン・ファイヴ、テンプテーションズ、マーベリッツ、クラウデス・ナイト・アンド・ピップス、マーサ・アンド・ヴァンデラス、等々を輩出。
1963年スティービー・ワンダーは13歳でモ−タウンと契約し、しばらくはヒットはなく1966年に発売された「アップ・タイト」は全米R&Bチャート1位、ポップ・チャート3位を獲得し、初めて彼の才能は認められ、同じく1966年に発売された「太陽のあたる場所」は 全米R&Bチャート3位、ポップ・チャート9位となった。しかしながら、日本において スティービー・ワンダーがポピュラーになったのはこの曲からだと思う。
モータウンの歴史は 早川書房刊「モータウン・ミュージック」(ネルソン・ジョ−ジ著林田ひめじ訳)を読むと面白い。レコード会社の成り立ちみたいなところが良くわかる。


 やさしく歌って/ロバータ・フラック
  (アトランティック/ワーナー・パイオニア P-1205)


1973年に発売されたロバータ・フラックのシングルで 日本では 最近になってもコーヒーのCM曲として使われたり、色々な歌手に歌われたり、いまだにその輝きを失わず、すっかりポピュラーになってしまった曲だ。名盤「ロバータ・フラック&ダニー・ハサウェイ・ライブ」等で本格派である彼女の実力を堪能することができるが、この曲はどちらかというと力を抜いて歌ったのではないかと思えるほど、明るく、サラッと歌った曲だ。この曲は1973年9月全米チャート3位まで上がり、最大のヒット曲となった。