キャロル・キング/イッツ・トゥ・レイト
 
(A&M/キング AM-86)

もとダンナであったジェリー・ゴフィンとのコンビでシュレルズのために作った「Will You Love Me Tommorrow?」が全米ヒット・チャートNO.1に輝いたり、色々のアーチストがカバーしポップスの定番となっているリトル・エヴァの「ロコモーション」などのヒット曲を生み出し作家としての活動をしていた。
1968年彼女は 作詞・作曲活動に専念するためにやっていた歌を再び歌いだしたのは「シティー」というグループをやりだしてからだ。「シティー」に参加していたダニー・クーチマー、チャールズ・ラーキーは後に「ジョー・ママ」を結成した。
「シティ」は 余り売れず、ソロ・シンガーとしてデビュー、ジェームス・テイラーのアルバムやツアーの参加して話題となった。
「イッツ・トゥ・レイト」は 彼女の2枚目のソロ・アルバム名作「つづれおり」からのシングル・カット、ブラック・ミュージックのエッセスも感じられる名曲だ。




 BJ・ト−マス/ロックン・ロール・ララバイ 
 
(セプター/テイチク UP-346-S)

テキサス出身のシンガー、B.J.トーマスのヒット曲。カントリー・ミュージックの音楽環境の中で育った彼であるが、この曲はカントーリー的なアメリカン・ミュージックをベースにしながらロックンロールのフィーリングを持った作品であり、また日本人も受け入れ易いメロディを持った楽曲だ。彼の最初のヒット曲は ハンク・ウイリアムスの「泣きたい程の淋しさだ(I'm So Lonesome I Could Cry)」。そして 彼を日本でも有名にしたのはバート・バカラックの「雨にぬれても」だ。






 ホワイト・ルーム/クリーム 
 (ポリドール/日本グラモフォン DP−1601)

クリームはジンジャー・ベイカー(Dr.Vo)、ジャック・ブルース(B.Vo)、エリック・クラプトン(G.Vo)のメンバーから成る3人組のロック・グループ。今、当時の彼らの映像を見ても、グループの演奏は テクニック面でも鬼気迫るものがあり、特にエリック・クラプトンのギターはスゴイとしか言いようもないものがある。当時こうした音楽を「アート・ロック」などと呼んでいた。「ホワイト・ルーム」(1969年)は日本でも大ヒットし、新しいロックの夜明けを感じさせられ胸ときめいた。





ジャニス・ジョプリン/コズミック・ブルース
(CBS.ソニー BSA 82034)


ジャニス・ジョプリンは の出現はショックな出来事だった。あるアメリカの評論家が「ジャニス・ジョプリンを聞くことは、彼女とセックス体験を共にすることだ。」と何かに書いていたと聞くが、彼女の歌を通して発散するエネルギーはそれほど強烈なものがあった。
ファースト・アルバム「チープ・スリル」はロック史上に残る名盤であるが、この曲は彼女のセカンド・アルバム「コズミック・ブルースを歌う」からのヒット・チューンであり、サード・アルバム「パール」で彼女の音楽的地位を確立したと言われている。
ジャニスはアメリカのディープ・サウスのテキサス、ポート・アーサーの生まれ。物心付き始めた頃から大人の作り出した秩序に反抗する少女で、一人でブルーズを聞いていたという。こんな彼女の物語は ベット・ミドラー主演の映画「ローズ」で後に映画化された。はじめてこの曲をラジオで聞いたときは 強烈な印象で誰が歌っているのかわからずレコード店を探しまわった。
ロックのルーツは 黒人音楽であり、ロックは単なる音楽表現だけではなく社会の対してもアピールするだけの力を持ったものであるということを彼女は示してくれたと思う。


 紫のけむり/ジミ・ヘンドリックス
 (ポリドール/日本グラモフォン DP-1559)


音楽と暴力、音楽とマリファナ、音楽とSEX、音楽は<衝動>の一種の表現。ロックは アナーキーな芸術の表現形態であるというような幻想を彼のステージングは我々に見せてくれたような気がする。彼はフィード・バック奏法、ワウワウを多用等、従来のロックギターに革命的な可能性と、プレイの意外性をもたらした。ウッド・ストックの最後の場面で彼の演奏した「アメリカ国歌」は有名なシーンだ。モンターレー・ポップ・フェスティバルでは「ワイルド・シング」演奏中にギターに火をつけ、叩き割るというエキサイティングなシーンを演じ、話題となった。ジミ・ヘンドリックスの音楽性は ロバート・ジョンソンや、マディー・ウォーターズなどの影響を受け、B.B.キング、アイズリー・ブラザース、ウィルソン・ピィケット、リトル・リチャードなどのバックとして演奏していたこともあり、そうしたミュージシャンの影響を受けながらも、それらをブチ壊すことに彼の音楽=ロックがあったのかもれない。
「紫のけむり」は 彼の代表曲で 全英のチャート4位まで上がった。サイケデリック・ロックなどと呼ばれた。