テレビに出てくるイディッシュ語

アメリカのテレビ・ドラマを観ていると、ちょっとしたところでイディッシュ語が登場する場面がけっこうあります。イディッシュ語を知っていると内容の理解も楽しみも増えます。ここでは私の見つけた範囲内でごく簡単にご紹介します。

「er緊急救命室」ER

病院に運び込まれたユダヤ人の老婦人がイディッシュ語を話し、『頭の穴はいや』というようなこと言う場面がありました。医師のグリーン先生はちゃんとイディッシュ語で応対します。おばあさんからイディッシュ語を教わったそうです。

「アリー my ラブ」Ally McBeal

主人公の女性弁護士アリー・マクビールはあるユダヤ人の依頼人が結婚間近と知って一言『マッスル・タフ!』と言います。依頼人はあきれて『それを言うならマゼル・トヴ。でもまあ、ありがとう』と答えます。「マゼル・トヴ」はもともとヘブライ語で「おめでとう」と相手を祝福するときの言葉で、ヘブライ語では「マザル・トーヴ」の方がより原音に近いようです。「マザル」は「運、運命」、「トーヴ」は「良い」という意味で、「マザル・トーヴ」は直訳すると「良い運、幸運(英語なら good luck)」となります。イディッシュ語では mazltov[マズルトヴ]となります。アリーは「マゼル・トヴ」と言うべきところで「マッスル・タフ(Muscle Taugh:筋肉モリモリ)」なんて言ってしまうのですから、相手があきれてしまうのも無理ありません。早くいい男見つけてね。

「サブリナ」Sabrina: the teenage witch

原作は、清く正しい青少年コミックの王様アーチー・コミックスの派生シリーズ。昔はアニメ化もされましたが、90年代に新たに現代風にアレンジした実写版として復活しました。ストーリーよし、テンポよし、ギャグは臭いがまあまあよしの傑作です。主人公サブリナのお父さんは、実は魔界の出身で、普通の子供として育てられてきたサブリナも、16歳の誕生日に自分が魔女であることを知らされます。そして、叔母のヒルダとゼルダのもとで、魔法の修行を続けながらも、ティーンエイジャーとして恋に勉強に大忙しの日々を送ります。

...SF超常現象オタクのマイルズ

当初は高校生だったサブリナも、後に大学に進み、下宿に入ります。同じ下宿に住むマイルズ・グッドマンは、SF超常現象オタクのユダヤ系青年です。番組中で、マイルズの両親の話などが出ると、ユダヤ文化が話題に上ります。当然、クリスマスにハヌカ祭りが出てくるのはお決まりのパターンです。「空飛ぶスーパーカー」(Do You See What I See?)の話では、毎週末に自宅に帰って、母親から手料理をドッサリ持たされるマイルズの様子が描かれ、キシュカなどのユダヤ料理が登場します。そして、イディッシュ語も出てきます。

ゼルダ: これは何なの?
サブリナ: マイルズのママの手作り料理のおすそわけ。アタシたちが飢え死にしないのは、これのお陰なの。
ゼルダ: 変わった料理ね。
セイレム: うえ、ゴリアテおじさんの腎臓結石そっくりだ。
サブリナ: マツオボール・スープよ。そのおいしさには、思わず“オイ”! イディッシュ語で“うまい”って意味。
(ゼルダ、一口食べて)
ゼルダ: オ〜イ!
...綺麗なゼルダ叔母さん

oy は、感極まったときに使われる感嘆詞です。どちらかというと苦痛や苦悩の言葉ですが、ほとんど万能でどんな場面でも適用されます。アメリカでは、とても知名度の高い言葉で、映画やテレビにもとてもよく登場しますので、覚えておくと面白いでしょう。


テレビに出てくるユダヤ文化

直接イディッシュ語が登場するというのはそれほど多いわけではありませんし、日本では吹き替えの時に抹消されてしまって、気付くことができないということもあります。しかし、単にユダヤ文化ということなら、結構頻繁に登場します。知っていると楽しめることもありますし、知らないと物語自体を理解できないこともあります。もちろん、これはユダヤ文化に限ったことではなく、どんなことにでも言えることでしょう。

「女弁護士ロージー・オニール」The Trial of Rosie O'Neal

往年のエミー賞受賞の社会派ドラマの大傑作「女刑事キャグニー&レイシー」のシャロン・グレス主演のこれまた社会派ドラマ。裕福な上流家庭に生まれた主人公のロージーは金持ち相手の気楽な弁護士を辞めて、自分を磨くために安月給で忙しい公選弁護人の道を選びます。この公選弁護人事務所での彼女の上司はユダヤ人です。何事にも前向きでたいへんな人格者で、いつもロージーに良い助言を与える頼れるボスでしたが、シリーズ後半ではストレスに潰されそうになり逆にロージーに助けられる場面もありました。たまに聖書やトーラーからの引用をしたりもします。演ずるのはロン・リフキンで、NHKで放映された「er緊急救命室」では外科の権威ビューセリッチ先生役でも見ることができます。面白いことに(失礼かな?)、普段から頭に丸くて平たい帽子を乗せています。この帽子はヘブライ語ではキッパと呼ばれます。(余談ですが、その外観から「河童」を連想すると名前を覚えやすいと思います。)番組中では、時々この帽子を被りなおしてピンで留める仕草などもあり、興味深いです。(因みに、番組後半からはエドワード・アズナー演ずるハンガリー人が登場し、ユダヤ文化よりもハンガリー文化の方に焦点が移っていきましたが、こちらもチェス大会や温泉など興味深いものでした。)

「TVキャスター・マーフィー・ブラウン」Murphy Brown

テレビのニュース番組制作現場を舞台とした30分のシチュエーション・コメディ。主人公マーフィー・ブラウンはテレビ局FYIの花形ニュース・キャスターで、このニュース番組制作スタッフの責任者つまり彼女の上司であるシルバーバーグはユダヤ人です。 ...と、書くと上のロージーとよく似ていますが、こちらはコメディである以上は上司たるものからかいの対象となるべしという悲しい宿命にあるのでした。小柄で童顔で若くて経験もなく貫祿がないので、いつも部下からも重役連中からも軽く見られてしまい、個性というかあくの強いスタッフたちをまとめるのにいつも苦労をします。みんなからいじめられると、ユダヤ差別を持ち出すこともあります。クリスマスの時期には1人だけハヌカを祝って孤立したりもします。ユダヤ人が観たら気分を害するのではないかと心配もありますが、ユダヤ系勢力の強いアメリカでも番組は大人気ですので心配は不要なのでしょう。

「ザ・シンプソンズ」The Simpsons

アメリカの典型的な中流家庭(の理想化されない現実の姿)を舞台とした30分のアニメーション番組。アニメだからといって侮るなかれ、その内容は大人でなければ理解できない様々な要素をかなりどぎついブラック・ユーモアで見事に描ききり、同時に社会的なテーマまで折り込んだ(と思う)非常に内容の濃い大傑作です。一家の日常生活を通して社会のあらゆる事柄が様々なパロディーの形で詰め込まれていますので、ある程度知識がないと番組についていけず、表面的な絵の奇抜さだけ見て、敬遠してしまう人も多いのではないでしょうか。当然、アメリカでは割と一般的なユダヤ文化もたびたび登場します。登場人物中、ピエロのクラスティーはユダヤ人です。実は彼のお父さんは偉いラビで、彼がピエロを職業に選んだことで長年交流を断たれていました。シンプソン家の悪ガキの兄バートと優等生の妹リサの尽力で、親子の和解が達成する話は結構感動します。その他、思春期の子供たちに健全な生活を指導する教育ビデオに出てくる結婚式がユダヤ式であったりなど、随所にポロポロとユダヤ・ネタが登場します。

「ふたりは最高! ダーマ&グレッグ」dharma & greg

ハンサムなエリート検事のグレッグと自由奔放なヒッピー娘のダーマの新婚生活をめぐる30分コメディー番組。グレッグの実家のモンゴメリー家はお金持ちの上流家庭で、ダーマの実家のフィンケルシュタイン家は70年代にヒッピーをやっていたリベラル同棲夫婦です。その両家の両親たちのチグハグなやりとりがなんとも傑作です。ただし、結構きわどい台詞も多いので注意。ダーマのお父さんのラリー・フィンケルシュタインはユダヤ系の人です。演ずるアラン・レイキンズは「L. A. LAW 七人の弁護士」のブラックマン役でも有名ですが、この堅物の役との落差には驚きです。ラリーは昔ヒッピーだったが、苗字を聞いてユダヤ系とわかり、その意外性が面白みを呼びます。どうもクリスマスに「ハッピー・ハヌカ」と唱えるのはユダヤ・ギャグの定番のようで、「理由ある反抗」(原題不明)の話でラリーがこれをやっています。その後、グレッグのお父さんに「クリスマスでもハヌカ祭でも、あなたの祭日が楽しからんことを」と言いますが、原語でもそう言っているかはよくわかりません。ちなみに、ダーマとはサンスクリット語で「徳」「法」などを意味する言葉で、いかにもインド宗教かぶれのヒッピー夫婦が付けそうな名前です。「達磨(だるま)」もここから来ています。


以上はテレビ・ドラマばかりでしたが、もちろん映画にもユダヤ文化が登場するものはたくさんあります。ここでテレビばかりで映画を紹介しないのは、単に映画よりも外国テレビ・ドラマの方が私の得意分野だからです。映画ではユダヤ文化というよりもユダヤ問題に真正面から取り組んだ作品がたくさんありますが、それらについては他の解説に譲ります。ちょっとしたユダヤ文化に触れるという点では、ウッディ・アレンやメル・ブルックスなどの映画がお薦めでしょうか。最近の映画はよく知りません。


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