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『テルマエ・ロマエ』副読本

DE THERMIS ROMAE

古代ローマを舞台としたシェンキェヴィチの小説『クォ・ヴァディス』の冒頭は、大浴場の場面で始まります。昼日中からお供の奴隷を引き連れて、エラエオテシウム(塗油室)、ラコニクム(発汗室)、テピダリウム(微温室)、フリギダリウム(納涼室)、ウンクトゥアリウム(香油室)など大浴場の各部屋を次々と進んでいく様子が克明に描写されていて、ローマ市民の優雅な暮らしぶりには憧れたものです。

漫画『テルマエ・ロマエ』の第1巻と第2巻を読みました。日本人と古代ローマ人の風呂好きについては、これまでもよく論じられてきた話題ですが、それをこのような形で作品に昇華できるなんて、本当に素晴らしい発想だと思います。主人公のルシウスがどこまでもシリアスに浴場とローマ帝国の行く末を案ずる様子は、感動的なまでに滑稽です。

古代ローマではラテン語という言葉が話されていました。そのため作品中にも、ところどころにラテン語が出てきます。ほとんどは対訳が付いていますが、時々、訳のない箇所もあります。ここでは、そういう訳なし部分を訳してみました。作品鑑賞の参考として、お役立てください。といっても、私もラテン語の大家というわけではありませんので、あくまで参考程度ですが、あしからず。

「 」内はラテン語の単語に対する訳語、[ ]内のカタカナは標準的な読み方を示します。ラテン語中の[ ]は原資料中では欠けている部分を補ったことを示します。たぶんこのページを読む人は、ラテン語の知識のない人が圧倒的多数だと思いますので、文法用語をなるべく使わずに解説していきたいと思います。(少しは使いますけど。)


題名

テルマエ・ロマエ
ローマ浴場

まずは題名からして、ラテン語のthermae Romae[テルマエ・ローマエ]から来ています。thermaeは「大浴場」「公衆浴場」、Romaeは「ローマの」という意味で、合わせて「ローマの浴場」といった感じです。

Romae「ローマの」はRoma「ローマ」という語の変化形の一種です。これとは別にRomanus[ローマーヌス]「ローマの、ローマ風の」という形容詞もあります。むしろこちらを使ってthermae Romanae[テルマエ・ローマーナエ]としたほうが自然な気もします。thermae Romaeだと、「銭湯ローマ湯」みたいな固有の施設名のようにも聞こえます。一方、この作品では実際に古代ローマ帝国を舞台にして、そこにある浴場を扱っているので、やはりRomaeのほうが相応しいとも考えられます。どちらも間違いではありません。

Romaeの読み方は、教科書では[ローマエ]と音を伸ばすのが一般的ですが、題名では[ロマエ]となっています。

「テルマエ・ロマエ」にしたのは、作品の題名として考えたときに、これがいちばん語呂が良いというのが最大の理由かもしれません。日本人の言語感覚には七五調が染み付いており、この「テルマエ・ロマエ」という七拍の音がいちばんすわりが良いと思います。題名や商品名では語呂や語感が重要ですね。


第1巻 第1話 p.3 3コマ目

[A]RCHITECTVS
建築家

第1巻 第1話 p.22 1コマ目

DUCERE AMICUM MEUM POSSUM?
私の友人を連れてきてもよいか?

第1巻 第1話 p.30 1コマ目

MAGRIPPA
マルクス・アグリッパ

建物はローマの軍人で政治家のマルクス・ウィプサニウス・アグリッパが建造したパンテオン(万神殿)で、その正面には以下のような宣伝文句が彫られています。

M・AGRIPPA・L・F・COS・TERTIVM・FECIT
ルキウスの息子マルクス・アグリッパが三度目の執政官のときに建造する

第1巻 第1話 p.30 3コマ目

ROMA[E] THERMA[E]
ローマ浴場

まさに「銭湯ローマ湯」といった感じですね。


第1巻 第1話 p.31 1コマ目

CUSTOS
監視人

要するに「番台」です。浴場の監視人の場合、balneator[バルネアートル]という語もあります。おばちゃんだったらbalneatrix[バルネアートリクス]です。


第1巻 第1話 p.31 2コマ目

GRADIA[?]
[?]RUM [?]DIVM

今のところ不明です。1つ目はrがlなら、gladiator「剣闘士」になると思いますが、gradia〜なので戦場で前に「進む」ことに関係のある表現かもしれません。2つ目はまったく分かりません。絵柄がヒントになるのかな。/p>


第1巻 第3話 p.102 2コマ目

ARCHITECTV[M] QVI THERMAS PECVLIARES AEDI[FICABAT] INVENIMUS
EVM IDONEVM AD VILLAM TIBURTINAM AEDIFICANDAM PVTAVIM[US]
独特の浴場を建造する建築家を我らは見つけた。
ティーブルの別荘を建造するのに彼が相応しいと我らは評価した。

作品中の白眉。なんの説明もなく長文が提示されています。でも、ラテン語の分からない人でも、物語の前後関係から、だいたい内容は察しが付きますね。


第1巻 第4話 p.134 6コマ目

Buongiorno Signorina!
こんにちは、お嬢さん!

これはイタリア語ですね。


第1巻 第5話 p.144 1コマ目

LEG X
第10軍団

legはlegio[レギオー]「軍団」の略です。Xはローマ数字の10です。省略せずにいうと、legio decima[レギオー・デキマ]となります。

2コマ目の硬貨の文字は読み取れません。


第2巻 第6話 p.12 1コマ目

FELICITAS
多産

「肥沃」「多産」「幸運」「幸福」などの意味がありますが、ここでは「多産」ですね。

第6話には壁の落書きがたくさん出てきますが、力及ばず。たぶん人名っぽいかな。


第2巻 第9話 p.149 1コマ目

ATTILIUS
アッティリウス

人名。ロバート・ハリスの小説『ポンペイの四日間』に出てくる水道管理官のマルクス・アッティリウス・プリムスに関係があるのかな。


第2巻 第10話 p.157 1,2コマ目

CASA S[?]

文脈からして「お化け屋敷」のはずです。casaは「小屋」です。次のsで始まるお化け関連の語としては、simulacri「幻の」「亡霊の」かspiritus「霊の」「魂の」などが考えられます。


第2巻 第10話 p.186 1コマ目

BACO
バッコス神(の浴場)にて

第2巻 第10話 p.187 1コマ目

DOCTVS ARTE THERMARUM
浴場術の達人

ウィトルウィウスの浴場建造法

古代ローマの建築の大家、マルクス・ウィトルウィウス・ポッリオという人は、『De Architectura(建築について)』という10巻にも及ぶ建築学の大書を残しています。その第5巻の第10章では、浴場の建造について解説しています。浴場の設置場所はなるべく暖かいところを選び、冬は西日を入れて暖を取れるようにすること、熱湯用、微温湯用、冷水用の三種の大釜を準備すること、その他、柱やタイルの寸法まで指定しています。さすがに全部を訳すのは無理なので、このうち、第4節だけちょこっとご紹介します。難しいので訳がこなれていませんし、もちろん間違いもあるかもしれませんので、あしからず。「* * *」の部分は原資料で欠落している部分です。

Magnitudines autem balneorum videntur fieri pro copia hominum * * * sint ita compositae. quanta longitudo fuerit tertia dempta, latitudo sit, praeter scholam labri et alvei. labrum utique sub lumine faciundum videtur, ne stantes circum suis umbris obscurent lucem. scholas autem labrorum ita fieri oportet spatiosas, uti, cum priores occupaverint loca circum, expectantes reliqui recte stare possint. alvei autem latitudo inter parietem et pluteum ne minus sit pedes senos, ut gradus inferior inde auferat et pulvinus duos pedes.
一方、浴室の大きさはそこに集まる人の多さに従って作るのが良い。浴槽の縁と浴槽の間の空間を除いて、長さの1/3を引いた値を幅とする。いずれにしても、自身の影で光を遮らないないように、浴槽を光の下に作るのが良い。一方、浴槽の周りは、次に占める人が先の人と十分離れて立つことが出来るように、広くする必要がある。一方、浴槽の壁と手すり壁の間の長さは6ペース以下であってはならず、そのうちそこから下る段と座部が2ペースである。

うちのテルマエ・ヤポニアエ(日本風呂)の造りは、上の作法に則っていないなぁ。最後の文は難解ですが、浴槽内に入るところに段差があって、座れるようなっている部分があるということかな。ペースというのは当時の長さの単位で、1ペースは約30センチだったようです。


POST SCRIPTVM(追伸)

余談ですが、私の本名(の一部)をラテン語に訳すとModestus[モデストゥス]になります。主人公の技師と同じ名前なのです。生真面目なところも似ているかな。ちょっと親近感が沸きます。お風呂も沸きます。

サイトの題名にさりげなく書き添えているLIBROS EX SOMNIISというのも、実はラテン語でして、「幻想から本を(作る)」という意味なのです。頭に浮かんだ様々な夢や幻想や妄想を本(同人誌)の形にしていこうという活動目標を表したモットーなのです。


作成者:姫楼しん(きろうしん)/公開日:2010-10-30/更新日:2010-11-03
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Farita de Sin kiro el Japanio / Aperis en 30 okt. 2010 / Shanghita en 3 nov. 2010
Chefpagho: Konkelspiro