Macintosh The Chemical Tune-UP


実践コーナー

第一弾;『Macで遷移構造』

 まずは、分子軌道計算ツールを使って、簡単な分子の遷移構造を求めてみたいと思います。

 多数のツール、ファイルの組み合わせで行ないますが、これは優れたユーザーインターフェースを持ったMacのファインダがあってこその芸当ですね。
 バッチ処理できるような定型作業は、「研究」ではなく「作業」です。



用意するもの

・Macintosh
 (出来ればPowerMac。68KならばFPU搭載のもの。RAMは24MBあればなんとか。)

・テキストエディタ
 (使い慣れたものを。私はJeditがおすすめ。SimpleTextは大きなファイルが扱えないのでお勧めできません)

・Chem3D
 (Chem3DNetではちと役不足。頭の中でZ-Matrixが組める人であれば要りません)

・MOPAC
 (6でも7でもかまいません)

・MolCat
 (お手持ちのMacにあわせたものを)

・PSI88
 (68Kの方はなくてもかまいません)

・GraphicConverter  (PSI-88を使わない、すなわち電子の表示を行なわない場合は必要ありません)


まずモデルを作る

今回は、ビニルアルコール→アセトアルデヒドの遷移構造を求めて見たいと思います。
(ビニルアルコールは自然界にはまず存在しません。とても不安定な分子で、すぐにアセトアルデヒドに転移してしまう為です。そのため、ポリビニルアルコールは、酢酸ビニルを脱アセチル化して作ります。)

Chem3Dを起動してみましょう。
上の方に、入力ボックスがあります。
ここに、“CH2CHOH”と入力して、リターンを押します。
すると、図のような構造が表示されるはずです。
これがビニルアルコールです。(以下VAと略)

「command+M」にて、エネルギーの最小化を行なって形を整えておきましょう。
官能基の向きを変えて、どの方向が一番エネルギーが低いか、もれなくチェックしてください。
エネルギーが「最小値」ではなく、「極小値」になっている事もあります。シビアに検討して下さい。


番号をふる

それぞれの原子に、きちんと番号をふって管理しやすくします。
(MOPACでは、原子の番号順がとても大切です)

Command+Aですべての原子を選択し、Buildメニューの「Show serial numbers」を選びましょう。
その後、入力BOXに“1”を入れます。そして1番に指定したい原子をクリックすると、それが一番に指定されます。
自動的に次の番号になっていますので、あとは番号順に原子をクリックしていけばいいだけです。


MOPAC形式(Z-Matrix)で保存

これをMOPAC形式で保存しましょう。ファイルメニューの「save as...」を選び、ファイル形式でMOAPCを選びましょう。それだけです。

拡張子など気にしなくてかまいません。日本語もOK。


アセトアルデヒドも作る

同様に、アセトアルデヒドも作ります。
原子の番号に整合性を持たせるため、OH基の水素を、向こう側の炭素に移して、結合を付け換えましょう。

作為的ですが、今回は後付けの解析なのでこれで良しとします。
ここをあなたの「仮説」とすれば、そして検証と考察を怠らなければ、それは立派な「研究」となります。


MOPACの前にキーワードを

出力されたファイルはテキストファイルになっていて、中身はこのようになっています(以下はVAのファイル)。

 PM3 EF PRECISE XYZ GEO-OK                                 ←一行目
 VA                                                        ←二行目
                                                           ←三行目
  C    0.000000  0    0.000000  0    0.000000  0    0   0   0
  H    1.101288  1    0.000000  0    0.000000  0    1   0   0
  H    1.101608  1  119.340546  1    0.000000  0    1   2   0
  C    1.343140  1  120.994659  1 -179.999619  1    1   2   3
  H    1.102463  1  120.069687  1    0.000000  1    4   1   2
  O    1.522858  1  123.168076  1  179.999619  1    4   1   2
  H    0.975693  1  107.994354  1    1.379578  1    6   4   1

一行目には“キーワード”を入れます。これは、MOPACに与える命令です。ここでは説明しきれませんので、各自参考書を見てください。
PM3というのはパラメーターセットを、EFは計算方法、PRECISEは計算精度、XYZで座標系、GEO-OKで異常接近座標の無視、を指定しています。

二行目には、Chem3Dがファイル名を書き込んでおいてくれます。何を書いてもかまわないのですが、一般的にはファイル名です。

三行目も、何を書いてもかまわないのですが、一般にはメモ程度の内容を書き留めておきます。
何も書かなくとも、空けておいてください。

キーワードを指定したら、保存します。ここでも拡張子は必要ありません。
*ダミー原子を使用した場合、出力ファイルには“XX”という原子名で記入されます。


いざ計算

計算したいファイルを、MOPACと同じファイルに置きます。
MOPACを起動します。
INPUT FILENAME
と聞いてきますので、ファイルネームを打ち込み(コピー&ペーストすると楽でしょう)、リターンを叩きましょう。
これで計算が始まります。

  EF Working.....
 CYCLE:   1 TIME:   1.00 TIME LEFT:  99999.0 GRAD.:   130.744 HEAT:-17.96588    
 CYCLE:   2 TIME:   0.00 TIME LEFT:  99999.0 GRAD.:   117.469 HEAT:-25.10923    
 CYCLE:   3 TIME:   0.00 TIME LEFT:  99999.0 GRAD.:    73.993 HEAT:-27.98541    
(中略)
CYCLE: 19 TIME: 0.00 TIME LEFT: 99997.0 GRAD.: 0.031 HEAT:-31.56866 COMPUTATION TIME = 3.000 SECONDS == MOPAC DONE ==
GRAD.というのは、エネルギー勾配です。これが十分小さい(もうエネルギーが落ちない= 安定である)ところまで来た、ということで計算が無事終わりました。

キーワードでPRECISEを指定しているので、0.05以下になるまで計算しています。
(しない場合は5以下。100倍厳しくなるのです、その分、時間もかかります。大きな分子では良く考えてから使いましょう。この場合は約3秒で計算が終わっています。買って良かったPowerMac)


結果をチェックし、ファイル形式を整える

「FOR006」、「FOR009」、「FOR010」、「FOR011」、「FOR012」の、5つの出力ファイルが出来たはずです。
このうち、「FOR006」と「FOR011」と「FOR012」が必要なものです。あとは、計算が中断されたときのためのバックアップと思ってください。

さて、6と11を開いて、エラーメッセージや不審な挙動が記録されていないかチェックしてください(判断は参考書などを参考にしてください)。
大丈夫でしたか?ならば、MOPACについてきた“MAKENEW”と同じフォルダに、「FOR012」を持っていきましょう。
そしてMAKENEWを起動します。そして出力したいファイルの名前を指定しリターンを押せば(何も指定しないと"NEW"という名前になります)MOPAC形式のファイルができます(Chem3Dでも読めます)。
ファイル書式が分かっている人は、エディタでコピー&ペーストしてかまいません。


出力を見てみる

頭の中でZ-Matrixが構築できる人はいいのですが、私を含めた普通の人間はそんなこと出来ません。
出力ファイルをChem3Dに持っていき、構造を見てみましょう。
さきほどの“NEW(もしくはあなたのつけた名前のファイル)”を、Chem3Dにドラッグ&ドロップしましょう。 すると、図のような画面で、読み込みフォーマットを指定するよう言われます。“MOPAC”を選びましょう。

*ダミー原子(“XX”“X”“Cb”など)を使用した場合、Chem3Dに読み込ませる前に、“Du”と直しておく必要があります。
*Chem3Dは、読み込んだ構造を、自動的に妥当な構造に直してしまうことがあります。
“Windows”メニューから“preferences”を選び、“Building”ウィンドウの中のチェックを“Center Model In Window”以外のチェックを外しておきます。



アセトアルデヒドも計算

同じように、アセトアルデヒドも計算し、チェックしましょう。
もしうまく計算できない場合は、結合距離を短めにするとか、原子の番号を換えてみるなどしてみてください。


生成熱を比較する

計算により得られた結果を検討してみます。

ビニルアルコール
-28.721972 Kcal/mol
アセトアルデヒド
-44.199987 Kcal/mol

アセトアルデヒドの方が、圧倒的にエネルギーが低い(=安定)であることがわかります。
あとは、どのくらいのエネルギーで遷移状態を越えられるかが問題となります。


鞍点構造の入力ファイルを作る

さて、この二つの構造の中間の構造を求めます。

まず、エネルギー的な中間状態である「鞍点(saddle point)」を求めます。

二つのファイルから、原子の座標と電荷の部分を取り出します(ここはエディタで作業します)。
それぞれの座標部分を、順にペーストします。
その間に、すべて“0(ゼロ)”のカラムを入れます。

そして、キーワードも忘れずに入れます。
今回は、鞍点(saddle point)を求めるので、キーワード“SADDLE”を使います。
“EF”とは共存できないキーワードなので、EFは忘れずに外しておきます(外し忘れるとエラーで指摘される)。

こう言った計算の場合は、XYZ座標を用いるのが定石です。三つ異常の原子が直線上に並ぶと、Z-Matrixでは座標系が記述できなくなりますので、そのような可能性がある場合はわすれずに“XYZ”を使いましょう(普段から使っていても問題はありません)。

 PM3  PRECISE XYZ SADDLE GEO-OK                                                             
VA-FA                                                                    
                                                                                
  C    0.0000000  0      0.000000  0      0.000000  0    0    0    0     -0.2426
  H    1.0843430  1      0.000000  0      0.000000  0    1    0    0      0.0914
  H    1.0858579  1    114.876261  1      0.000000  0    1    2    0      0.1020
  C    1.3342365  1    121.552683  1    179.996476  1    1    2    3      0.0104
  H    1.0957929  1    124.129405  1      0.000000  1    4    1    2      0.0883
  O    1.3683073  1    118.487111  1    179.954189  1    4    1    2     -0.2377
  H    0.9473633  1    106.740656  1    179.671012  1    6    4    1      0.1882
  0    0          0       0        0       0        0     0    0   0      0
  C    0.0000000  0      0.000000  0      0.000000  0    0    0    0     -0.1955
  H    1.0978936  1      0.000000  0      0.000000  0    1    0    0      0.0622
  H    1.0976857  1    107.716117  1      0.000000  0    1    2    0      0.0674
  C    1.4985682  1    110.070664  1    124.235985  1    1    2    3      0.2784
  H    1.1024178  1    116.655396  1     59.230609  1    4    1    2      0.0407
  O    1.2097384  1    123.408302  1   -120.770163  1    4    1    2     -0.3154
  H    1.0978891  1    107.538807  1   -115.853611  1    1    2    3      0.0622
上段がビニルアルコール、下段がアセトアルデヒド

鞍点の計算

MOPACで、同じように計算します。
出力ファイルには、二つの結果が並んでいるはずです。これは、ビニルアルコール側 、アセトアルデヒド側、それぞれの方向から近づいた計算の結果を示しています。
“HEAT OF FORMATION(生成熱)”の小さい方を採用します。

          HEAT OF FORMATION       =        27.853705 KCAL
          HEAT OF FORMATION       =        28.440004 KCAL

上の方が小さいので、こちらの構造(ビニルアルコールから近づいた構造)を使います。
エディタで入力ファイルの形にしてください。


遷移構造を計算する

上で出来たファイルに、キーワード“TS”を指定します(当然、“SADDLE”は消します)。
具体的には以下のようになります。

 PM3  PRECISE XYZ TS
 FromVA
 
  C    0.0000000  0      0.000000  0      0.000000  0    0    0    0     -0.5592
  H    1.0915401  1      0.000000  0      0.000000  0    1    0    0      0.1127
  H    1.0918748  1    111.200282  1      0.000000  0    1    2    0      0.1293
  C    1.4243168  1    120.815871  1    148.163793  1    1    2    3      0.3269
  H    1.0892385  1    129.893323  1    -23.300824  1    4    1    2      0.0902
  O    1.2670038  1    109.770395  1    150.312125  1    4    1    2     -0.3781
  H    1.4438374  1     80.337494  1     -5.596066  1    6    4    1      0.2783

いつものようにMOPACで計算をかけましょう。
こういった複雑な計算の場合には、結果がきちんと収束しているか、入念にチェックしてください。

余談ですが、右の図と、上のSADDLEで求めた構造とを比べてください。
炭素−酸素が二重結合から単結合になっています。結合距離が変わっていることがわかります。
MOPACの画面に


     RMS GRADIENT =  XXXXX  IS LESS THAN CUTOFF =  1.00000


と表示されているか、そして出力ファイルに

     GEOMETRY OPTIMISED USING EIGENVECTOR FOLLOWING (EF).     
     SCF FIELD WAS ACHIEVED        
     FINAL GEOMETRY OBTAINED

といった表示がされているかがポイントです。

この計算の場合、PowerMac6100/80で3秒程度でした。


振動解析をする

上の計算でとりあえずの結果は出ましたが、これが本当に遷移構造かどうかは、振動解析を行なってチェックする必要があります。
上の出力ファイルに、キーワード“FORCE”を指定して、解析を行なわせます。

 PM3 XYZ FORCE
 VibrationAnalysis
 
  C    0.0000000  0      0.000000  0      0.000000  0    0    0    0     -0.5929
  H    1.0839061  1      0.000000  0      0.000000  0    1    0    0      0.1120
  H    1.0944609  1    111.960983  1      0.000000  0    1    2    0      0.1417
  C    1.4074935  1    121.910338  1    150.480663  1    1    2    3      0.2970
  H    1.0899992  1    130.764118  1    -28.282621  1    4    1    2      0.1019
  O    1.2856876  1    108.830602  1    148.022229  1    4    1    2     -0.3616
  H    1.3561658  1     82.756661  1     -3.529235  1    6    4    1      0.3019

結果が出ましたら、「FOR006」を開いて、チェックします。 以下のようなところで、負号がついた振動数( FREQ.)を探してください。

 VIBRATION   1            ATOM PAIR      ENERGY CONTRIBUTION              RADIAL
 FREQ.    -2303.12       O 6 --  H 7          -52.1% (-86.5%)              88.4%
 T-DIPOLE   2.8137       C 1 --  H 7          -49.8%                       47.8%
 TRAVEL     0.1380       C 1 --  C 4           -0.6%                       89.0%
 RED. MASS  0.7685       C 4 --  H 5           -0.6%                        0.2%

 VIBRATION   2            ATOM PAIR      ENERGY CONTRIBUTION              RADIAL
 FREQ.      363.43       O 6 --  H 7           45.6% (112.3%)              53.9%
 T-DIPOLE   2.3894       C 4 --  O 6           40.6%                        3.0%
 TRAVEL     0.1165       C 1 --  C 4           37.8%                        9.1%
 RED. MASS  6.8287       C 1 --  O 6           31.8%                       93.1%
                         C 4 --  H 5           19.3%                      100.0%
                         C 1 --  H 3           11.2%                        0.3%
                                  .
                                  .
                                  .

最初の一個以外に、負の値を持っている振動がありましたでしょうか?
もし複数の振動が負の値であった場合、その計算結果は遷移状態ではありません。
(エネルギーが低下するのがただ一つの方向のみである状態が「遷移状態」です)

もし、たった一つの負の値(正確に言うと「虚の振動数」という状態を示している)を有しているのであれば、先ほど求めた構造が遷移状態であったことが証明できたことになります。
長い道のりでした(慣れれば楽ですが)


振動モードを表示してみる

さて、MolCatの出番です。

と、その前に、前処理ツールである“VibAnal”を使います。
振動解析の結果で得られた「FOR006」ファイルを、“VibAnal”にドラッグ&ドロップしてください(MolCatシリーズはアイコンがかわいいです)。
GAUSSIANか、MOPACか、形式を聞いて来ますので、「MOPAC」を選んでください。
しばらく処理した後、どの振動モードを可視化するか聞いてきます。とりあえず、全部選んでおけば間違いありません。

得られたファイル群のうち、表示したい振動モードの番号(振動解析の結果から調べてください)のファイルを“MolCat”にドラッグ&ドロップします。
すると、振動モードが表示されます。右の座標やダイヤルで、分子を回転して視点をあわせることが出来ます。

右の図では、酸素原子から離れた水素原子が、隣の炭素原子に移って行こうとする様子がわかります。同じく、結合相手の炭素の側も、近づいています。図示化するとわかりやすいですね。

また、メニューから分子の表示サイズや原子の半径、ベクトルの長さ(相対比は保存されます)、ベクトルの反転などが行なえます。見やすいように指定してください。


電子軌道も表示してみる

さて、遷移状態と振動解析がわかりました。
次は電子の様子もみてみます。

ここで“PSI-88”が登場します。

まず、計算したいファイルを、キーワード“GRAPH”を使って計算し、電子雲の座標を書き出します。
そうして得られた出力ファイルの中の「FOR013」に目的の情報が書き込まれています。
これを、PSI-88と同じフォルダに移動し、右のような順で処理ます。ドラッグ&ドロップには対応していないので、preplotをダブルクリックして起動します。
その後、psi1→psi2→psiconの順で起動していくと、最終的に「PLOT」というファイルが出来ます(ダイアログがいくつか出ますが、マニュアルを参照してください。HOMOとLUMOは何番です、と表示されるので、それを指定してください。あとはリターンのみでも行けます)。
これはヒューレット・パッカードのワークステーション形式の画像ファイルなので、「GraphicConverter」を使って開きます。ドラッグ&ドロップしてください。
すると、図のように電子が表示されます。
残念ながら白黒画像で、ビットマップなので回転もできません。まぁ、表示が出来るだけ良しとしましょう。
MOPACまでの精度が必要ない場合は、「HMO-Plus」を使うともっと簡単に表示出来ます。


溶媒中の構造も計算してみる

いままでの計算は、すべて真空中のものでした。環境によって、分子の挙動も当然かわってきます。
さいわい、MOPAC7ではCOSMO法という、誘電率を考慮した計算ができるようになっています。
MOPAC93のそれに比べるとまだいろいろ問題が多いのですが、傾向を知るような目的には役立つことと思います。

計算方法ですが、MOPAC7にて計算を行なうときに、キーワード“EPS=XXX”を使用するだけです。XXXXには数値が入ります。具体的には、目的とする溶媒の誘電率です。水ならば78.3です。

溶媒と電荷のやり取りがあるような場合には適用し難いなど、COSMO法自体にもいくつか弱点があります。参考書などでよく理解した上で使ってください。


R E T U R N