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ウェザー・マジック    
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 「へへへ・・・やっと、二人だけで話せるっスね〜。」

 「おいおい・・・。」

 とある森の、大きな木陰の下。先ほどから甘えた声を出している少年と、それに呆れたように答えている男性。二人は、先ほどから深い森を彷徨いつつ話をしていた。彼らは少し前まで、仲間たちと共に青と赤の不思議な蝶を追っていたのだが、今は彼ら二人だけが、他の仲間からはぐれてしまっていたのだ。

 だがそれは表向きの言い方である。実は、彼らは「わざと」はぐれていたのだ。もっとも主語を「少年は」と言い変えたほうがよいか。少年が男性を呼びつけて、あからさまにわざと道に迷ったのである。

 「ねーねー、アーロン・・・。この前は、何で俺にああいうことしたんスか〜?」

 「・・・何のことだ?・・・。」

 「・・・もう、痴呆症始まったんスか〜?ずいぶん早いっスね〜?」

 と、何だか怪しげなことを話している。でも、安心。何てったって、ここは森の奥深い部分。誰も、来るはずなどないのだ。仲間たちが彼らを必死で探しているかもしれないが(そして探しにくるかもしれないが)、少年にとって今はそれよりも、アーロンと呼ばれた人物と二人きりで話す時間ができたことに、うきうきとして心が定まらなかった。

 「おいティーダ、バカなことを言うな。あいつらの所へ戻るぞ・・・。」

 その言葉を聞くと、少年は「ヤダ」と言って、ひしとアーロンの足にしがみついた。少年は細身の身体をしているが、けっこう鍛えられた筋肉を持っている。彼に全く歩く意志がないのに、それをひきずって歩くことはアーロンとて大変である。だいたいいい年をした大の大人が、足に17の少年をひっつけて歩く姿など、想像するだに情けない。

 アーロンは、とにかくどうしたらティーダがいうことを聞くかを考えたが、どうにもいい案が浮かばなかった。ティーダはいつもは素直な子なのだが、時々どうしようもなく頑固なことがある。今のティーダの表情を見ると、何を言っても効きそうにない。アーロンは、歩き出すのを諦めて、そこにとすんと腰を下ろした。

 「・・・で、一体何を話したいんだ?」

 アーロンはティーダに問いかける。だだをこねる時のティーダは、特に子供時代は毎回こういう行動をしたものだ。もっともあの頃は相手も小さかったので、難なく足にコアラのようにしがみつかせながら歩けたのだが・・・。

 こうなってしまっては、まずはだだをこねる原因を確かめて話し合うしかなさそうである。とはいえ、たぶんあのことだろうと推測はついているのだが。

 「へへ、アーロンにああいうことされると、何でかなー?って、思うんス。」

 「ああいうこと・・・とは何だ?」

 わかっていながら、彼は聞く。その言葉を聞くと、ティーダ少年はあからさまにぷうっと頬を膨らませる。

 「オッサン、もう忘れたのかよ〜?この前、俺にキスしたじゃないっスかー!!」

 そうなのだ。大人の男として、少年の親がわりとして全くもって不覚なことであった。ある時ティーダがひどく落ち込んでいたので、慰めの言葉の代わり、のつもりで彼は少年の唇を奪ってしまったのであった。

 じつはあの後、アーロンは激しく自己嫌悪に陥った。

 今まで二人は、義理の父子として実に自然に接していた。いくら少年を可哀想に思ったからと言って、あの行動は適切なものではなかったのではないか、と内心では何回も煩悶していたのだった。

 なぜ自分があんなことをしたのか、結局何回考えてもわからなかった。ただ、自分も判断を誤ることのある人間であったのだ、ということだけしか理由らしい理由はない。しかしアーロンにとって誤算だったことは、ティーダ少年は、驚くほど立ち直りが早かった。しかも今回は、それにさらにオートヘイストがかかっているようだ。

 「キスなど、お前だって今までにもしたことあっただろう?」

 「そりゃあ・・・したことあったっスけど。でも〜、男とは初めてっスよ〜!!」

 まあ・・・そりゃあ、そうだ。例えそれなりにもてる奴であったとしても、同性とあんなことをする奴はそう多数派ではないだろう。しかし、この話の流れと態度は何か、まずい。

 それに、ティーダとユウナに何かあったということは、仲間内での沈黙の了解となっていた。もしその「まずい」予想が当たっていたら、彼女はどうなるのだろう?

 「ユウナだってきっと、今のお前と似たようなことを考えているだろう。」

 「・・・うん。ユウナのことは好きっすよ。大好きっス。大事に思ってないわけじゃあないっス。でも、ユウナは召還士の覚悟を持っていて・・・俺の気持ちだけじゃあ、それは動かなかったっス。」

 確かに、ユウナの覚悟は固い。しかし・・・、

 「人間の気持ちなんて、割り切れるもんでもなかろう?ましてや相手は女の子だぞ?」

 「あれは遊びじゃ・・・なかったっスよ、決して。もし、一緒にどこかに逃げるっていうんだったら、それもよかった。でも、ユウナも俺も、捨てられないものが多すぎたんス。いろんな覚悟とか、仲間とか・・・。俺とユウナは、住む場所が違いすぎるっス。」

 あっけらかん、と言ってはいるが、この結論に至るまでにはかなり苦悩したに違いない。だからこそ少年は、以前あんなに絶望の表情を浮かべていたのだから。何回も何回も考えて、考え抜いて・・・悩まなくなったことこそが、彼にとって重大な決意をしたことにほかならない、のだから。

 そしてその決意は、ユウナのためを思ってこそであったことも間違いない。「住む場所が違う」この言葉ひとつに、それが集約されていた。旅を終えると同時に消えてしまう自分といても、ユウナは幸せになれないであろうことは、少年自身がよく知っていた。少年は、人間が好きな子なのだ。人を本当に愛することの、できる子なのだ。

 「ああ、ユウナのことは、もう出さないでほしいっス・・・。俺、もう決めたから・・・。話・・・本題に戻るっス!!オッサンが俺に、あんなことしたのって、何で?なんスか?」

 ああしつこい。全く、こんなに立ち直りが早いのなら、いくら俺が口下手だからといって、あんな方法を取るのではなかった。少年がわざわざ自分から、この話を蒸し返す理由はそう多くは考えられなかった。

 「単なる・・・出来心だ・・・。」

 「へー。アーロンって、意外とうかつなんスねー?」

 少年は、にやにやしながら問い掛ける。さっきから話をそらそうとしているのだが、どうもティーダはおとなしく引き下がりそうにない。ああ、こういうとこは誰かさんとそっくりだな・・・誰とは、言わないが・・・。

 「そういう、うかつなオッサンってカワイイんすー!」

 (カワイイ・・・)

 そんなことを言われたのは、10年ぶりであった。最近は威圧感がついてきたのでもう言われることはないと思っていた、のだが。それにしても、大の男に向かってカワイイとは何事か。やめてくれ、力と気力が抜けるというものだ。

 「結局、何が言いたいんだ・・・?」

 「あーつまり・・・。」

 ティーダは、木陰の下で憮然として座り込むアーロンににじり寄ってくる。アーロンは、無意識のうちに体を微妙に後ろに反らせたが、ティーダはかまわず、腕に両手を絡ませてくる。下から俺の顔を見上げるしぐさなど、なんだか少年とは思えない。

 アーロンは何だか軽く危機感を覚えたが、努めて平静を装った。だがしかし、ティーダは変わらず身を寄せたままだ。そして少年は、だしぬけに言った。

 「つまり、もう一度、キスして欲しいっス〜。」

 あっけらかんと元気に言われて、アーロンは腰が砕けそうになる。「わかってると思うが、俺は男だぞ?」と言おうとして、そんな言葉は意味がないということにすぐに思い至る。その言葉を無効にしたのは、自分自身なのだから。

 「・・・なっ・・・何だいきなり!もう俺は、お前とはキスなどしないぞ!!」

 「そう言われるとは思ったんスけど、でもやっぱりしたくって。」

 「バカ!何でだ?何でそうなるんだ?」

 「知らないっスよ〜。だいたい、オッサンが最初にしてきたんじゃあないすか〜?口が寂しいのって、ヤなんすよ。ねえ、いいじゃないっスかー。ねえ、ダメ?」

 何なんだ、この問いかけかたは・・・っ!そういえば昔の悪友に異常に話し好きで、酒をぐいぐい飲んだり煙草を吸ったりするやつがいたが、そいつは口が寂しいとよく言っていた。恋人とは話するよりもキスする時間のほうが多いくらいだと言っていたが・・・まさか・・・。

 まさか、ティーダはキス魔なのかっ!?さすが、「昔の悪友」の息子だ・・・などと言っている場合ではないっ!!

 「この前、アーロンにああいうことされてから、アーロンの口元ばっか見るようになったんス。えへへ、けっこう綺麗な唇の形、してるっスよね。でも一回しかキスしてないから、アーロンのキスがどんなのか忘れそうでいやなんス。」

 「忘れろ・・・というか、忘れてくれ。」

 「いやだ!!この前のアーロンの言葉で、俺は助かったと思ってる。あのキスの味を覚えてないと、また落ち込みそうなんス。」

 (何て理由だ・・・。)

 アーロンは、完全に虚を突かれたかっこうとなっていた。確かにああいうことはしたのだが、まさかティーダがこんなにこだわるとは思ってなかった。多感な17歳をずっと昔に通過してしまったためか、いまいち加減が利かなかったのかもしれない。

 アーロンは、一瞬いろんなことをぐるぐると考えていたが、もはや少年を巻き込んでいるのだから、考えても仕方ないとやっと悟った。

 「じゃあ、もう一度だけしてやるが、これ以上はしないからな!」

 さすがアーロンさん。「行動してから考える」人である。彼は、腕にしがみついているティーダをかき抱き、唇を重ね合わせはじめた・・・。

    ― 数時間後 ―

 彼らは、仲間の元に戻ろうとしていた。しかし、今度こそ本当にまじで(掛け値なしに)、道に迷っていた。

 「・・・お前が、変なこと言うからだぞ・・・!」

 「だってー・・・。」

 おかげで、顎が疲れたではないか・・・。ティーダは俺がキスをやめようとすると、下から首に抱きついて、俺を引き止めて離そうとしなかった。こんなに長い時間、俺は女とだってキスし続けたことはない。まったく・・・がまん大会でもあるまいに!

 「だって、もう一度だけ・・・って言ったから・・・。少しだけじゃあ、キスがどんなものかわかんないじゃないっすか〜?結局今だってまだ、わかんないんスよー?」

 だからといって、時間単位でするものではなかろう、普通は。

 俺だって、今だによくわからんのに、お前の年でわかってたまるか!

 ただ、少し安心したことは確かだった。

 この前の俺の行動によって、ティーダがショックを受けているのではないかと内心、心配していたのだ。しかし、全然その心配はいらなかったようだ。

 (とはいえ、逆に少しは俺のほうを心配してくれ・・・。心臓に悪い。)

 とは、さすがに言えなかった。



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