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ウェザー・マジック   

 
  次の日、アーロンは朝からブラスカの補佐と自分の勉強、剣技の鍛錬を忙しくこなした。
 やるべきことの多さに、朝から昨夜のことは失念していた。そして夕方頃になって、やっとそれを思い出した。彼は、朝からずっと懐に入っている袋を見た。
 
 (ブラスカ様に、お伝えしなきゃ・・・。)
 
 彼はそのまま、ブラスカの部屋へと向かった。
 
 「やあ、アーロン。何だい?君がこんな時間に来るなんて、珍しいね。」
 
 ブラスカは、中央の小さなテーブルに料理を置いて食事中であった。基本的には皆食堂で一斉にとることのほうが多いが、夕食を持ってきて自分の部屋で食べること自体は許可されていた。ブラスカは、よくこうやって自分の部屋で食事をとっていた。変に人に話を合わせないで済むからだろう。
 
 「お食事中失礼します・・・。実は、昨日寺院の隅にあるあの小屋に、変なものが落ちていたんです。誰かの落しものかもしれないから、上の人に渡していただけますか?」
 
 「どれどれ・・・?」
 
 アーロンは、懐から小さな昨日の袋を取り出し、ブラスカに手渡した。ブラスカは、それを見るなり一瞬、妙な顔をする。彼は、袋を振って、
 
 「これは、粉状の・・・ものだねぇ・・・。」
 
 ブラスカは、袋に小さな穴を開け、慎重に中身を見る。中から粉が軽く吹いている。ブラスカはそれを少し小指の先につけ、じっくりと匂いを嗅いだ後にその指を舌に接した。彼の片眉がぴくり、と動き、瞬時に真剣な表情となる。
 
 アーロンは、そんなブラスカをじっと見つめていた。なにか、様子がおかしい。どうしたんですか?とアーロンが尋ねる前に、ブラスカはアーロンにいくつか質問をはじめた。
 
 「この周りに・・・何か、他のものはあったかい?」
 
 「はい・・・。かわいい花が、一輪落ちてました。黄色とオレンジの混ざった色をしてて、花びらが薄くて大きい・・・。」
 
 「アーロン・・・君、そこで誰かに会った?何か自分のものを落としたりはしなかった?」
 
 ブラスカは、今まで見たことのないくらい真剣な表情で聞いてくる。いつもの笑顔が消え、眼光は鋭い。
 
 「あ・・・あの、誰にも会いませんでした。でも、誰かがそこにわざと置いておいたのなら困るから、自分の名前入りのナイフを置いておいたんですが・・・。」
 
 「ああくそっ!」
 
 アーロンは、かなりびっくりした。先ほどからのブラスカ様の鬼気迫る様子もさることながら、そんな乱暴な言葉を彼が吐くとは予想だにしなかった。
 
 「アーロン、君の部屋に案内してくれ・・・ああ、そうだ花は・・・いや、今はいい・・・!」
 
 少年は、いつも温厚で優しいこの人の別の面を見たようで、一瞬圧倒されていた。が、どうもたたごとではないことを感じ取ると、彼はブラスカを連れて、急いで自分の部屋に向かった。
 
 
 「何か・・・朝方と変わったことは、ないかい?」
 
 彼は、アーロン少年は自分の部屋を見て、べつだん変わったところがあるように思えなかった。しかし今では、何か不気味なものが漂っているようで、自分の部屋なのに妙に落ち着かなかった。
 
 彼には、数少ない友人の一人であり、少し前までのルームメイトだったキノックと別の部屋になってから、偶然ながら個室を与えられていた。
 
 「特に・・・何も・・・。」
 
 「・・・よく見て。僕も手伝うから、箪笥の中までよく見るんだ。」
 
 少年はふと、小棚に置いてある瓶に目が止まった。
 
 「あれ・・・?塩の瓶の蓋、向きが少し変わってる・・・。いつも同じ方向で挿し込まないと落ち着かないんですけど・・・癖なんです。あれ・・・変だな?」
 
 「それで、充分だ。誰か、この部屋に入ったんだよ。アーロン、その小瓶を持って、私の部屋に来たまえ。それと、いいと言うまで、私の傍を離れるんじゃないよ、わかったかい?」
 
 アーロンは、ブラスカの言うことに翻弄されていた。一体、何が起こっているというのだろう?彼は、ブラスカの部屋に戻ると、その疑問を投げ掛けた。
 
 「ああ・・・ちょっと、それについては詳しく調べたいことがあるから、少し待ってくれないか?ちょっと、考えたいんだ。それと、この塩の瓶だけど・・・。」
 
 彼は、水槽に入っているペットの金魚を一匹コップにすくうと、その中にアーロンの部屋の塩を入れた。すると、ほぼ瞬時に金魚は動きを止め、水の上に浮かんだ。
 
 「ごらんの通り、即効性の毒薬が混じっている。おそらく、砒素か何かだろう。」
 
 アーロンの背筋が、凍った。もしブラスカ様に指摘してもらわなければ、2・3日中に命を落としていたところだ。しかし・・・
 
 「何で、僕が狙われるんですか・・・?」
 
 アーロンは、呆然としてブラスカに問いかける。他の思考は、言葉にすらならない。
 
 「君は、厄介なものを持ってきちゃったんだよ・・・。」
 
 あの、小袋のことか。
 
 「あれの原料は、ケシという植物なんだ。かわいらしい花を咲かせるけど、実の液を乾かした粉は麻薬になる。快感があるから高く売れるが、人を狂わせ廃人にする薬だ。」
 
 「どうして・・・どうしてそんなものがこのベベルにあるんですか!?」
 
 「それを・・・今から調べる。なにか、キナ臭いにおいがするよ・・・。それと、ごらんのとおり君は狙われているみたいだから、僕の傍からなるべく離れるんじゃあないよ?」
 
 「は・・・はい。」
 
 
 アーロンは、混乱したままブラスカに答える。少年は、内心かなりショックを受けていた。身を鍛錬し、心を清浄に保つための寺院の内部で、誰がこんなことをやっているというのか!しかもそいつは、人ひとりを簡単に殺そうとしている。彼は少年の無鉄砲さから、自分の身の危険に対する恐怖よりも、犯人に対する怒りの気持ちがずっと大きかった。
 
 
 そうしてブラスカは、なるべくアーロンと離れないように心がけていた。しかし、早速その翌日から、彼は少年とひき離されてしまった。
 
 ブラスカは、かなり高位の神官から呼び出された。いくら「今日はだめです」と断っても、どうしても儀式に必要な仕事があるとかで、寺院の中枢部分に強引に連れてこられてしまった。もちろん、まだ僧でない少年がそこへ入れるはずもなかった。
 
 (くそ・・・あんな高官もグルなのか?世も末だな!ということは、これは寺院のごく一部の者の行動ではなく、組織だった一派があるのか・・・?)
 
 今ごろは、私の部屋も残らず調べられているだろう。あの袋は安全な場所に移しておいたが、あちらさんはまだ少年が持っていると考えているかもしれない・・・。私を数日隔離しておいて、その間に少年の一人くらい簡単に葬り去る気だろう。
 
 (何とか・・・ならないか・・・?)
 
 自由に動ける部分は、寺院の中枢部分のみ。さすがに、あからさまな幽閉はあちらさんとてできないのだろう。少しだけなら、自由に動けた。少年のことを、できることなら助けてやりたい。だがそれには、どうすればいいだろう?
 
 (機会を見て・・・抜け出すかなんかしないと・・・)
 
 下手すれば、自分も命の危険に晒される。どんな行動を取るにしろ、油断は厳禁であった。この事件は、かなり上層部の人間までが裏でかんでいるらしい。下手な行動は、できない。ブラスカはまず、信頼の置ける人間に救援を求めることを考えた。誰が犯人一派なのかはわからないが、一か八か、知り合いの高官に話してみよう・・・。
 
 彼は、典雅な装飾のなされた貴重な教えの本の写経をしながら、形のよい眉一つ動かさずにそう考えていた・・・。
 
 
 そのころ、アーロン少年は隠れるようにして、寺院内を徘徊していた。ブラスカに言われたのだ。「寺院内は命の保障がないから、何とかして近くの村に行きなさい」と。最初はその、つもりだった。しかし、アーロンの自尊心はちくちくと痛んでいた。
 
 (ブラスカ様にご迷惑をおかけしてしまった・・・こんなこと、申し訳が立たない。それにしてもまさか、寺院内の私達の知らないところで、悪人が動いていたなんて・・・。)
 
 彼は、無性に腹が立っていた。少年は、なまじ腕に覚えがあるから、「逃げる」ことは人より下手であった。自分の身くらい自分で護れると、固くそう思っていたのだ。
 
 (私が・・・何とかしないと。何のために、私には剣の心得があるんだ?それは、こういうときのためじゃあないのか?)
 
 アーロン少年は、そう考えていた。彼は、犯人を自分で捕まえようと心に決め、先ほどから寺院内の様子を探っていたのだ。しかし、ただ歩き回ってるだけでは、ろくに情報は得られないようであった。
 
 (こうしていても、仕方ないか・・・。)
 
 少年は、自分から敵地に乗り込んでいくことに決めた。最初に、あの袋を見つけた地点・・・寺院隅にひっそりとあるあの小屋へ、彼は戻ることにしたのだった・・・。
 
 
 彼は、夜陰に乗じて小屋の傍近くで待機していた。
 
 近くの茂みに身を隠し、じっと息をひそめていた。あの小屋には、夜に誰かが訪れるのだ。きっとそこで、麻薬の取引が行われているに違いない。
 
 (誰が来るんだか、見極めてやる・・・。)
 
 彼はそうして、じっと小屋を凝視していた。そうしてしばらくすると、ふと「パキ」と乾いた音がした。何者かが、小枝を踏んだらしい。誰かが、こっちへ来る。
 
 アーロンは、その男の顔をちらと見た。印象的な三白眼を少し覗かせ、口や鼻を布で隠した一人の男が小屋へまっすぐ入っていく。アーロンは、息を殺しながらゆっくりと小屋の壁に目を寄せる。部屋の中で、男は新しい袋を手にしていた。男は、その中身を確かめるためか、マスクを外した。軽く人差し指に粉をつけて舐めると、男はマスクをすぐに戻し、部屋の床中央にあった隠し扉を開いて、ケシの花をそこに投げ入れた。
 
 アーロンは、その顔を見たことがあるような気がした。確か、年若き僧で、ブラスカ様と同じくらいの年のはずだった。権勢の強い高官の補佐として見かけた人だった。この男の名前は知らないが、そんな地位にいるくらいだからよほど優秀な僧なのだろう。
 
 男は、隠し扉をぴたりと閉め、小屋のドアを開けて外に出て行った。アーロンは、様子を見ながら小屋に入り、部屋中央の隠し扉を探る。
 
 (花を投げ入れた・・・のなら、下に人がいるんだろうか?袋を受け取った合図としてでも、使っているのかな・・・?)
 
 アーロンは、ゆっくりと隠し扉を開ける。もし誰かがいても、自分が覗き込むような位置にいるので負ける気はしなかった。しかし扉の下には穴があるだけで、誰もいる気配はなかった。真っ暗な穴からは微風が吹きつけ、彼の頬を撫でていた。
 
 彼は、部屋にあるランタンを手に取り、その穴に身を滑り込ませていった。中を明かりで照らしてみると、けっこう広い空間であった。天井の高さは大人一人がなんとか立てるくらいだが、見ると、一方向に道のようなものが続いていた。
 
 彼は、闇に吸い込まれそうなその道を見て、かすかに緊張した。
 
 (これは・・・どっかに繋がっているのかな・・・?)
 
 アーロンは一瞬迷ったが、その道をたどって歩くことにした。


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