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「ああ・・・それにしても、これはやっかいだな・・・。」
道が、さっぱりわからん。というか、道などないのだ。 「どうも・・・さっきから、同じ所をぐるぐる回っている気がするぞ・・・?」 「そういえば、俺もアーロンも二人そろって方向オンチなんすよねー?俺が小さい頃なんて、アーロンてばよりによってデパートの迷子放送かけられたよな!あはは!!」 「・・・よりにもよって、楽しそうに言うな!」 あ、アーロンの額に青筋が立っている・・・。大概の相手は、これを見るとその恐ろしさに裸足で逃げ出すものだが、人によっては全然効かないこともある。そんなことは稀ではあるが、十年前にも効かない相手が二人いたのは確かであった・・・。どうも見かけの渋さで騙されそうになるが、この人は案外抜けている人のようだ。 「まあ、それもいいっスよ。たまには、二人を楽しもうっス。これで不可抗力だし。」 「お前はいつも、変なところで前向きすぎるんだ!」 本当にそうであった。たとえ小さな森であっても、迷ってしまえば抜け出すまでけっこうな時間がかかるものだ。ましてやこんなわりあい広く暗い森では、予想以上に抜け出すのは大変に違いない。先ほどから小一時間ほど歩き続けているが、いっこうに道らしい道が見えない。 「おい、今日は野宿の覚悟をしておいたほうがいいぞ!」 「はーい!」 「おい、能天気すぎるぞ・・・食料が見つからんかもしれんし、水もきちんとあるか・・・。魔物も出るし、命の保障もないんだ。決して、油断などするなよ。」 そんな会話を続け、2・3日が経った。 最初は元気だったティーダも、さすがにいやになってきたらしい。時々「ヒトがいるとこ出たいっス〜。」と叫び出しては、拳で空を切ったり木に蹴りつけたりしていた。 水は、二日目に何とか小さな湧き水の流れを見つけたので何とかなったが、食料がそんなに多くあるわけではなかった。木の根っこに自生しているキノコや、枝になっているグミの実や、蔓から垂れているアケビなどを食べていた。 まあ時々ティーダが鳥や小動物を取ってきたが、ほとんどは植物を食べていた。 こんなことをしていると、昔を思い出すな・・・。今と同じように、俺は木の実などの採取係、ティーダの父であるジェクトは、小動物の狩り担当であった。違うことといえば、知恵袋がいないことと、今は料理係が俺一人ではないといったことくらいだろう。 「知恵袋」とはブラスカのことである。彼は天才的な頭脳の持ち主で、様々なことを知っていたから、他の二人はよく彼にお伺いを立てていたものだ。自然と、リーダーは彼になっていた。 特に、毒性のある植物や動物についての知識は計り知れないものがあった。 「あ、アーロンだめじゃあないか、これはドクニンジンだよ。食べたら、緩やかな痺れがきて、少しづつ意識を失っていくんだよ?あ、これもだめじゃあないか、ジギタリスなんか採っちゃ。花は綺麗だけど、猛毒だよ・・・。わあ、ごていねいにトリカブトの根まで・・・少しでも料理に入れたら、僕たち犬死にだよ・・・はっはっは・・・このぶんだと、アーロンは今まで一万回は死んでるねえ・・・。」 今思っても、どうしてブラスカがあんな方向に詳しい知識があったのか(しかも服用後の症状まで知っているのか)はわからない。まあ、あまり考えたくはないが。 彼は僧院時代にもたびたびその知識量で他の僧を圧倒し、煙たがられていた。もっとも、たびたび起こる事件に上層部の人間は目を顰めたが、下位の僧達には面白がられたり感謝されたりしていたものだ。 「お、ティーダ、いいものがあったぞ・・・。」 そんな回想をしながら歩いていたら、ある植物が目に入った。細い蔦である。 「何なんスか?それ・・・?」 俺は金属製の薬入れに入っているものを、油紙に包んでから懐にしまった。そして薬入れを持ち、その上で蔦を切った。透明な液体がぽたぽたと薬入れに垂れていく。それを何回か繰り返し、しばらくして液が止まるのを見て、薬入れをティーダに手渡す。 「それを少し、舐めてみろ。」 「ん・・・わかったっス・・・。」 ティーダは手袋を外し、指を液に浸してその液体をぺろりと舐める。すると、ティーダの顔が、ぱっと輝いた。 「あー!これ甘いっス〜。おいしー、ひさびさの甘いもんだー!!」 「お前は、昔から異常なくらいの甘党だからな。アマヅラという蔦だ。トウキビと同じように、砂糖が作れる。」 ティーダは、本当に幸せそうに少しずつその液を舐めている。まるで、蜂蜜を舐めている熊の子だ。アーロンは、口の端でふっと笑った。 これもブラスカ仕込みの知識である。そういえば、俺が死にかけたことのある僧院内の抗争でも、ブラスカは裏で活躍していた。もっとも、それを知っている人間はほとんどいないし、上層部からはそれをもみ消しにされた。あの時から俺は、僧院ではなくブラスカにつくようになったのだった。 久々に甘いものを口にして上機嫌なティーダは、飛び跳ねるように歩いている。本当に、立ち直りの早いやつだ。 「おい、歯医者の予約を入れておけよ?」 俺は言いなれた決まり文句を口にし、また道を探すため、浮かれている子と並んで歩き始めた・・・。
その夜、二人は月明かりに照らされた湖の傍で野宿をしていた。 久しぶりに機嫌のよいティーダの「おねだり」で、虫歯を移されかねないことをしてしまった・・・。虫歯は、キスで移ることもあるらしい。 まったく・・・どこであんなことを覚えてくるんだか。普通は17というと、もっとがつがつとがむしゃらなキスをしそうなものだがな・・・。 さすがは、ジェクトの息子、といったところか。 アーロンは、仮眠から起き上がり、緋の衣を軽く整える。 彼は、少し仮眠を取っては夜中に何回も起きる習慣がついていた。もともと眠りが浅い上、それほど多くの睡眠を必要としない体質なのだ。こうでもしないといつ魔物に襲われるかわからないし、火は大切な暖と明かりである。それを燃やし続けることは必要なことであった。 アーロンは、焚き火をした場所の近くにどかっと座り、くすぶっている燃え残りに軽く息を吹きかけ、また火勢を強くした。彼はそのまま視線を移し、平穏に凪いで澄み切った湖面を見つめた。 恐ろしいほどの、静寂と神秘さ。ブラスカは、例えるならこんな印象だ。いつ荒れ狂うかわからないのに、恐ろしいほどの静寂を感じさせる。湖の中では、よほど様々なドラマが繰り広げられているに違いないのに、だ。相反した、二つの顔がそこには見える。 アーロンは、しばらく昔の旅を思い出したり、むにゃむにゃ寝言を言うティーダの顔を見つめていたりしたが、ふとした瞬間に、湖面に目が釘付けになる。 「ああ・・・。」 彼は、息を吐くように低く呟いた。湖面の上には、白い半円の光がかかっている。白い白い−「月の虹」。確か、十年前の旅でもこれを見て、はしゃぐジェクトを尻目に、うっとりと見惚れたものであった。 俺は人生で何回か不思議な現象を見たことがある。日や月が欠けることはよくあったし、それは「日食・月食」と言われ、スピラでも広く知られた現象であった。しかしブラスカと一緒にいると、それだけではなく、不思議な現象が様々に起こったものだ。 (そうだ、あの事件の時にも不思議なことがあった・・・。) 青白い月明かりの下で、アーロンは回想をはじめた・・・。
「ブラスカ様、今日は何の本を探してまいりましょうか?」 「書庫にある『魔法陣』についての全ての文献を、持ってきておくれ。」 「はあ・・・。」 13歳のアーロン少年は、首を捻る。毎日、この人は変な本ばかり読んでいる。しかも、指定のしかたが人とは違う。他の人は数日に一度本の指定があるかないかだが、この人は毎日凄い量の本を読んでいる。しかも、一回読んだだけだというのに、その内容をほとんど全て記憶しているらしかった。間違えて以前と同じ本を持っていくと、ちらと一瞬しか本の表紙を見ていないのに、 「悪いけど、これは書庫に戻しておいておくれ。」 と柔らかに笑って返されてしまう。しかも、ジャンルやテーマが無節操で、固い本からくだけた本まで、なんでもありだった。 それを僧の修行・勤行・写経と同時並行でやっているのだから、全くいつ休んでいるのだか皆目、見当もつかない。 僧院では、見習い僧と年上の僧が二人一組で組むことが多かった。見習いは僧の行いを補佐し、僧は見習いに知識を教える。アーロンはさらに、僧兵でもであったので、外へトレーニングに行くときにはブラスカが保護者になっていた。アーロンがこのおかしな僧の傍仕えに選ばれたのは、二人が「変わり種」同士だったからだろう。 ブラスカは僧としては優秀だが、僧院の上層部に必ずしも従わなかった。ごくマイペースを保ち、自分の価値観で行動したので僧達の間では浮きまくっていた。アーロンはというと、不器用な性格と不幸な生い立ちのため人を寄せ付けないところがあり、一人で行動していることが多かった。 彼らが組み合わされるのは自然なことであった。だがしかし、それは最良の組み合わせでもあった。ブラスカは人との距離を一定に保つ術を心得ていたのでアーロンは楽であったし、ブラスカは変にべたつかないが素直で働き者の彼を気に入っていた。 彼は僧院でも扱える人間はここ数年いない、バハムート獲得に最も近い男の一人としてひそかに噂されていた。もっとも上層部の人間は、「あんな奴に召還獣を扱えるものではない」と端から相手にしてはいなかったが。 それに対してアーロンは、11の年でもはや僧院内で最高クラスの剣の使い手であった。僧院は毎年剣技大会を主宰し、12の時には彼はそれに優勝した。しかし、僧院内では殺生はご法度。徹底的に「護りの剣」での競技である。 もっとも、ブラスカと一緒に外の世界での訓練も積んでいるアーロンは「破壊のための」剣でも天才的な才能があった。その彼にとって、「護りの剣」の精神と技術を学ぶことは、相乗効果を持って彼の腕に磨きをかけていたのだ。 ある時アーロンは、夜中に自分の部屋を起き出した。眠っていたのだが、ふと目が冴えてしまったのだ。彼は軽く僧服をひっかけてドアを開け、僧院の廊下に出た。せっかくだから、月を見たくなったのだ。彼は時々、夜中に景色を見ることがあった。目の冴えやすい体質のせいもあるが、静謐な夜の空気と星空がとても好きだったのだ。 彼は、いつも星空を見上げるポイントに向かった。僧院の端にある小さな掘っ建て小屋だ。ここの屋根は、景色がよく見える。昼間でもほとんど人が来ないので、アーロンは昼となく夜となく、よくここに来ていた。とても落ち着ける場所なのだ。 彼は、廊下をゆっくりと歩き、その場所近くの廊下の端まで来た。そこまで来て、アーロンはいつもの場所に、かすかな異変を感じた。掘っ建て小屋の板の隙間から、かすかな光が漏れている。 (何だろう・・・誰か、いるのかな・・・?) 彼は、小屋にそっと近づき、薄い壁に耳を当てる。しかし、目立った物音は聞こえない。彼は次に、光の漏れている壁の隙間から、中を覗く。・・・狭い一つだけの部屋の中には、誰もいなかった。 (誰か、昼間にここに来た人でもいたんだろうか・・・?) 彼は、慎重に小屋のドアを開いた。中に、誰かがいる気配はなかった。 (あれ!?何だこれ・・・?) 中に入るとすぐに、部屋の中央に無造作に置いてあるものに目が止まった。そこには、手のひらほどの小さな白い布袋と、一輪の花が置いてあった。花弁が大きく薄い、かわいらしい花であった。 (なんで、こんなものが置いてあるんだろ?) アーロンは、その袋と花をまじまじと交互に見る。誰かの忘れ物だろうか?だとしたら、これは持ち帰って、ブラスカ様に言うべきだろう。 (だけど、わざと置いてあるんだったらまずいな・・・そうだ!) 彼は、小ぶりな自分のナイフをそこに置いた。人を傷つけるためのものでなければ、剣や刃物の携帯は認められている。アーロンは固い皮を持つ実を食べるために、よくこれを使っていた。このナイフには自分の銘が入れてあるので、私が持っていったとわかるだろう。このナイフは、後で取りに来ればいい。 アーロンは、部屋のランタンの炎を消し、掘っ建て小屋を出た。 もう夜もだいぶ更けている。寒いし、部屋に戻ることにしようと思い、アーロンは自分の部屋へ向かって歩いていった。 |