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「私の死んだ妻はアルベド人だが、部族の伝える古文書の中に植物の辞典があってね・・・。とてもきれいな絵と一緒に、その名前がかいてあったんだよ。」
(・・・ブラスカ様・・・)
(確か・・・そんな名前聞いたよーな、聞かないよーな・・・)
「実は、妻に初めてプレゼントしたのはこの花なんだよ。しかし、その本によると、花にはそれぞれが示す言葉があるらしいんだ。その時は、『変わらぬ愛』だなんてなかなか粋だと思っていたんだが、今となってみると・・・感に堪えないものがあるよ・・・。私達夫婦の運命を示していたようだ。」
(花を知らない、砂漠に住む部族の娘に花・・・か。ブラスカ様らしい。ロマンチストであられるだけに、お辛いだろう・・・。)
(僧のくせに、女に花か。こいつ、けっこうバカにできねぇな・・・。)
それぞれにちぐはぐな性格なのに仲間でいられるのは、お互いの心の内を知らないせいだとしか思えない。 特にアーロンが二人の(特にブラスカ様の)心中を知ったら・・・と思うと、哀れで考える気にもならない。
何せ、アーロンは必要以上にブラスカ様を慕っているのだ。 今の、奥さんとのなれそめについて聞いて、「ブラスカ様は、本当に純なお方だ・・・」程度に考えている。確かに、ブラスカの言葉には嘘はない。妻への愛情も本当だ。
んが、それは彼の一部であって全部ではない。今までをほとんど僧院のみで過ごしてきたアーロンには、理解できないのも無理はないが。 なぜ、彼がこんなにブラスカ様のことを慕うのかというと・・・。何とブラスカ様は、彼の初恋の人だった・・・からである。
(もちろん)誰にも言ったことはないが、アーロンが初めて恋をしたのは、同じ僧院の見目麗しい僧侶であった。約十年前 ― アーロンが13の年のことだった。小さい頃両親・親類を皆シンに殺され、僧院に預けられた彼は、いつも孤独な子供だった。
運動能力がずば抜けている上、やり場のない孤独感と憎しみが彼を剣の道に進ませた。彼は天才と言われるほどになるまでに腕を磨き、12の頃には僧院の主宰する剣技大会で、なみいる強豪をなぎ倒して優勝するほどになっていた。しかし、強くなればなるほどさらに孤独は増していき、その孤独を忘れるために、また剣を振り続けねばならなくなっていた。
そんな彼でも人間だ。ある時、とある事件が起こってアーロンは大怪我を負ってしまった。まだ身体の成長しきっていない、思春期の少年はガラス細工のようにもろい。周りの人間は「かわいそうだな、まだ少年なのに・・・。」と彼の噂をした。状態は、瀕死と言ってもよかったのだ。
しかも、事件には僧院の政治的思惑がからんでいて、孤独に生きてきた少年に対し、手を差し伸べる僧は一人もいなかった。ほおっておけば、2・3日で死ぬ。皆、そう考えた。ただ一人を除いて・・・。
(ブラスカ様は、私の命の恩人だ。あの方だけが、私の味方だった・・・。)
窓から外の風景を眺め、月光に照らされてアーロンは記憶をたどっていた。その夜の宿屋で、アーロンは感傷的になっていた。昼間のあの話を聞いてから、ブラスカのことばかり考えていた。
・・・瞼を閉じれば、思い出すのだ。 瀕死の重傷から意識を回復した時に見た、ブラスカ様の曇りのない笑顔を。やわらかな光に照らされた、透けるほどに美しい、あの肌を。
ブラスカは、女性と見紛うほどの美貌で、密かに男たちの注目の的になっていた。アーロンは剣に全てを懸けていたので、そんなことには興味がなかった。 しかし、アーロンはその笑顔を見てしまったのだ。
(心臓が・・・、時が止まるかと・・・思ったんだ。)
アーロンは、そっと瞼を開く。今一度、ブラスカ様を護る決心を固めたのだ。一度はブラスカ様に救われた命だ。この人だけは、ただもうどんな苦痛にも晒したくない。いつも変わらぬあの笑顔でいてほしい。 ・・・その決心は、ブラスカ様に恋人ができても、結婚しても変わらなかった。ただ、あの人が幸せであれば・・・それでいい。私の幸せですら全部捧げたい。 ブラスカ様は、彼の少年時代の全てであったのだ。
もちろん彼だって男だから、女性を好きになることもあったし、つきあったこともあった。が、いかんせんその「ブラスカ様」への想いが強すぎるのか、はたまたそのくそ真面目ぶりのせいか、どれも短命であったのだ。 彼自身の倫理観の強さから、自分の気持ちが素直に受け入れられないせいもあった。男のことを好きになる自分が、信じられなかったのだろう。・・・と、本人だけは気づいていないわけだ。
アーロンは微かに目を細めて外の風景を眺めた。ところで、今夜ジェクトは働きに出かけている。あの男なりに、今回の顛末には責任は感じるらしい。助っ人ブリッツボーラーとして、地方のチームに招聘されているのだ。 あの男が戻ってくるのは、明日の夕方だ。それまでの昼の間にでも、私は剣の練習などをしていることとしよう。
彼は、月光に照らし出された花瓶の花に目を向ける。甘い赤紫色をした小さな花が鈴なりについた植物と、綿毛のような明るい黄色をした花が飾られている。彼は、その花々を手に取り、静かに匂いを嗅いだ。
さて、場所をちょっと変えてみよう・・・。ここは、ブラスカ様の部屋。彼だけは特別に一人で一室を占領していた。そして彼は宗教的祈りを終えた後、日課である今日の反省に入っていた。
(それにしても ― アーロンはほんと私を「理想の人間」にしたてあげてるねぇ・・・。ほんとに、なんてカワイイんだろうね・・・彼は。)
最後に、宗教とは全く関係のない「ブラスカ心の日記」が始まった。
(命の恩人・・・といっても、勢いで看病するはめになっちゃったんだよね。死なれたら後味も悪いから看病したけど、勢いで作ったぶっちゃけ薬草スープがあんなに効くとは思わなかった。あれを薬として売ったら、けっこういい商売になったんだ・・・その点では私がアーロンに感謝したいくらいだよ・・・。)
・・・どーもこの方は、さわやかに人非人のようである。
(うーん・・・彼が私を好きなことは知ってたけど・・・彼、真面目だからなあ・・・面倒だよな。うん。まあ、カワイイ顔してるから、僕も満更じゃあなかったけどね・・・。僕が結婚したのは、彼のためにもよかったと思う。・・・いつか、身の破滅をしそうだしね。)
いかんせん長年の僧院の抗争で鍛えられたために、このお方はアーロンが考えるほどやわなお人ではなかった。
(でも・・・そういうところは、君の一番の魅力だよ。君には私についてこないで、幸せをつかんでほしかったもんだけどね・・・。)
おや?彼にも、アーロンに対する愛はあったようだ・・・。
(ま、最後の近くで開放するから、それまで「理想の人」のために、たくさん働いてもらうことにしようか・・・。)
・・・なまぐさ坊主や破戒僧・・・なんて言葉は、本人だってわかっているだろうから効かないだろう。
彼はふと、月光に照らされた花瓶の中の花に目を向けた。今日は宿屋の全室に、この花が飾られているに違いない。
「おや・・・ライラックとミモザアカシアだね・・・。」
彼は、その繊細な手を花瓶に伸ばし、花を指に絡め取った。
「確か・・・ライラックは『初恋の思い出』、ミモザアカシアは『秘密の愛』と言うんだったよね。なかなかに甘い取り合わせじゃあないか。」
頭のよい彼は、読んだ文献のたいがいのことは全て覚えていたのである。彼は、手の中でそれらの花を弄び、花や葉を散らしたりしていた。
その頃ジェクトは、ルカのスタジアムでシュートを決めていた。 (前半、俺だけで三点。こりゃあ、ボーナスも期待できるんじゃあねえのー?さっすが、俺様だ!)などと考えていた。 それぞれの思いを夜の帳に隠し、今夜は更けていく・・・。
「なかなかに、疲れたな・・・。」
アーロンは、部屋に戻ってひとり呟いていた。今日は日課の剣の鍛錬、体力づくりだけではなく、道中に溜まっていた洗濯や裁縫などこまごまとしたものも手がけていた。本当はこんなちまちまとした面倒なことは苦手だが、高位の僧官に仕える立場の者としては、それらも完璧にこなさなければならなかった。
異界送りを行うということは予想以上に体力を消耗する。儀式の終了と共に気絶してもおかしくないほどの精神力がいるのだ。ましてやあんな細腕をしたブラスカ様ではなおさら辛いだろう。私が動かなければ、生活は成り立たない。ジェクトに手伝わせようとしても無理なことはわかっているので、生活面の仕事は全部アーロンに回ってきていた。
かなり膨大な量のそれらの仕事をてきぱきと終えて、アーロンは部屋に戻った。ジェクトは今晩おそく戻ってくるので、今日はこの宿屋で過ごし明日の朝に出発することになる。今は、夕食にはまだ少し時間がある。めずらしく彼には何もすることがなくなっていた。
「暇だな・・・少し、昼寝でもしているか・・・。」
彼の生真面目な性格ゆえ、本来なら、暇な時間は苦痛に近いものがあった。何かしらの仕事でてきぱきと身体を動かしていないと、立っているだけで身体がなまる気がしてならないからだ。 まあしかし、窓から差し込む陽の光はあたたかで、久しぶりの心安らぐひとときがそこにあった。たまには、ぼうっとしてみる気にもなる。問題児のジェクトがいないというのは、こんなに心穏やかなものなのか。
彼は、ベッドにごろんと身を投げると、久しぶりに何も考えず目をつぶった。穏かな午後。彼は整った精悍な顔を柔らかにリラックスさせ、睡魔に誘われるままに眠りに落ちていった・・・。
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