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「標的〜ターゲット〜 」 「パラレルイラスト館・エントリーナンバー5」をモチーフにしたパラレル小説です 目次
1.「依頼」 キイ、とドアの軋む音がした。 その薄暗い部屋の隅で俯くようにして座っていた黒ずくめの男は、部屋に入って来たよく知った顔を見留め、僅かに眉を上げた。 「久しぶりですね、アーロン」 そのお決まりの挨拶には応えず、黒い男―――アーロンは、黙ったまま顎で向かいのソファを指し示す。 来訪者は心得た様子で古びたソファに腰を下ろした。 「久々で、腕がなまってるんじゃありませんか?」 「………問題ない」 アーロンは傍らに置いてあった革製の細長い包みに手を触れる。―――愛用するライフルだ。 「お前の顔を見ると、嫌でも腕が鳴る」 その返答に安心したように、来訪者はにこりと微笑った。 「なるべく定期的に仕事を持って来たいんですが、何しろ貴方の雇用額は破格ですからね。 依頼人も、相当限られてきます」 アーロンは面白くも無さそうに肯いて、小さな窓から僅かに見える夕暮れの空に目をやった。 「心得ている」 仕事というのは暗殺業―――平たく言えば殺し屋。 この因果な職業に携わるようになってもう随分経つ。 一体何人の人間をこの手に掛けたてきたのか、枚挙に暇が無い。 いつの頃からか凄腕の殺し屋として畏怖される存在となった彼は、一度の仕事で当面の生活に不自由しない程の大金を手に入れることができるようになっていた。 雇用額がどんなに割高であろうとも、確実で安全な殺しの実現のために大金を惜しまない依頼者は、決して後を絶つことはない。 一度仕事を終えると、のんびりと次の依頼を待つのが彼の常だった。 もっとも、同業者の中では報酬額の少ない仕事を大量にこなして稼ぐ、いわば「質より量」タイプの部類が主流だ。 そういった者達の元へは、目の前の男―――暗殺組織「アルベド」を運営するリンという名の男は、頻繁に仕事を持っていくようだった。 しかしその「アルベド」が、果たしてどんな組織であるのか、アーロンにはその全体像は掴みかねた。 一応仕事の世話をして貰っているわけだが、リン以外の組織員に面識はないし、ましてや他の雇われ殺し屋に会ったこともない。 自分が根城とするこの薄暗いアパートに、年に数回仕事の話を持ってくるリンという男だけが、彼と「アルベド」とを繋ぐ唯一のものだった。 「―――それで?破格の俺に来た仕事というのは?」 本題に入るよう促すと、リンは持っていた封筒からおもむろに数枚の写真を取り出し、テーブルの上に広げた。 「今回のターゲットです」 アーロンはその中の一枚をつまみ上げ、吟味するように瞳を眇める。 数枚の写真には、全て同じ人間が写っているようだ。 金髪の、まだ年若い少年。 「……ガキか」 口にした言葉に、感情の動きはない。 ターゲットが子供というのは別段珍しいことではなく、実際彼も過去に何度か手に掛けたことがあった。 「先の大統領、ジェクトが亡くなったのは知っていますね?」 「ああ」 突然何の話かと眉を顰めながらも、彼は相槌を打つ。 「我が国では、大統領は世襲制ということになっています。当然、ジェクトの息子が第一候補となるわけです」 話の矛先が見えてきた。 アーロンは改めて写真の少年を見つめ直す。 「ジェクトの息子、か」 「そうです」 「……あまり、似ていないな」 先の大統領・ジェクトは、その親しみやすいキャラクターで国民の圧倒的人気を得ていた。 日に焼けた健康的な体躯、大統領とは思えぬ豪快な言動。 それに加えて政治の手腕も抜群で、彼が権勢を振るっていたここ十数年の間、政界は至って穏やかだった。 しかしつい先日、ジェクトは余暇で楽しんでいたクルージングの途中、嵐に巻き込まれ遭難し、帰らぬ人となってしまった。 それからしばらくは、大統領急逝の訃報でTVのワイドショーは騒然となっていたものだ。 政界も当然、揺れ動いている時期だろう。 「成る程な」 依頼人の素性を殺し屋に明かさないのが「アルベド」の基本的運営方針だったが、今度ばかりは依頼元は明白であった。 大統領の座を受け継ぐ権利を持つ者は、息子のティーダ以外にもう一人。 「甥っ子のシーモアにとっては、ティーダは目の上のたんこぶという訳だな」 「しっ!あまり大きな声で言わないで下さい」 リンは顔を顰めながら唇の前に人差し指を立てて見せる。 アーロンは軽く肯いて、テーブルの上の写真をまとめて懐にしまい込んだ。 「まあ、いいさ。こちらは依頼を遂行するのみだ」 そう言って立ち上がろうとする彼を、リンが手で制した。 「アーロン、貴方には要らぬお世話かもしれないですが……」 「……何だ?」 出鼻を挫かれ、不愉快そうに訪ね返す彼に、リンは一通の封書を差し出した。 「先方が、是非貴方にティーダのボディガードとして働いて貰いたいと」 「………」 アーロンは押し黙る。 「最近、【ティーダの命を狙う輩】が徘徊しているそうですから」 ……小癪な小芝居を打つものだ。殺そうとしているのは自分たちであろうに。 これだから悪徳政治家というものは……… アーロンはさすがに呆れたが、くれるというものを拒む理由もない。 「至れり尽くせりだな。こちらとしても、殺しのチャンスが広がるというものだ」 アーロンはひったくるようにしてその封書を受け取った。 この仕事は、案外楽に片付きそうだ。 彼は遠方からの射撃を得意としたが、そのためには事前の下調べや、細かな計画が欠かせない。 殺しの遂行まで、かなりの労力を要する。 それがどうだ。今回は依頼人の方から、抜群のセッティングを提供された。 ボディガードとしてティーダに近づければ、安全かつ確実に、殺しを実行できることは間違いない。 しかし…… 「……そうかと言って、報酬額が安いのでは話にならんが?」 確認するようにリンを見る。 「安心して下さい。今までで一番の高額ですよ」 にこり、と、リンは掴み所のない笑みを浮かべた。 「ひょっとしたら、ボディーガードとしてのお給料も含まれているのかも」 「ふん、洒落にもならん」 アーロンは腕を組んで天井を見上げる。 「でも気の毒に。ボディーガードの男に命を狙われる羽目になるとは、この少年、露ほども思っていないでしょうね」 リンが何気ない様子で口にした言葉は、何故か耳に残った。 それから幾つか確認事項を述べた後、リンは立ち上がった。 「頼みましたよアーロン。まあ、貴方がしくじることも無いでしょうが」 「無論だ。ましてや、ガキは扱いやすい」 軽い口調で応え、アーロンは部屋から出ていくリンの後ろ姿を見送った。 早速明日から、大統領官邸のティーダの元へボディガードとして赴任する取り決めになっている。 久々に楽しい仕事になりそうだ。 どう料理してやろうか。 色々とシナリオを練りながら、アーロンの殺し屋としての腕が鳴るのだった。 《続きは、02年8月10日発行同人誌にて、完全コミックでお届けしてます》 ※上記同人誌、大好評の内に完売しました。 続きが気になるという方には大変申し訳ありませんっ・・・>< 再版分も完売してますので、さすがに第3版に踏み切る勇気はありません・・・。 で、1度マンガに描き起こした作品を小説化するのもどうかなと思うのですが、 もしも時間に余裕があれば、いつか全編小説化してウェブ公開したいなぁ、などと思っていたりいなかったり? 2話以降の小説化希望の方がいましたら、管理人に伝えてやって下さい。 |
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