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「昼下がりの憂鬱」    由希奈
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「……元気だなぁ」
「ああ」

ティーダの言葉に、アーロンが半ば呆れたように相槌を打った。

 旅も半ばにさしかかり、ようやくこのメンバーでの旅にも慣れてきた頃、ルールーとユ
ウナの憔悴に見かねたアーロン達は、いったん旅を休めようという結論に達した。
だが、いったん休憩すると決めたとたん、

「ルールー、お買い物行きましょうよ」
「いいねぇ。私、新しいアクセ欲しかったんだ」
「そうね、せっかくの休みだし、思いきり買い物でもしましょうか」
「「賛成っ!!」」

この女性群の元気のよさといったら。
まぁ、リュックに至っては、元々疲れなんてこれっぽっちも見えていなかったのだから、
この元気は当たり前だろうと思う。
だが、ルールーとユウナのこの元気よさはどうだろう。
昨日まで、笑顔も曇り、歩くのさえ億劫といった感じだったのに、突然アーロンが

「今日から3日間、ここで休憩するぞ」

と、いつものごとく勝手に決めて、勝手に宿を取って、勝手に休憩をはじめてしまったと
たん、

「アーロンさんもああ言っていることだし、今日から3日間ここで休憩をしたいと思いま
す」

と、実に嬉しそうに微笑みながらユウナが決定を下した。
そして、その決定打を言い終わるか言い終わらないかのうちに、リュック、ルールー、ユ
ウナは財布を持ち、それぞれの興味のある店へと走り出したのだ。

「―――――――休憩なんて必要ねぇじゃん」
「……」
「まったく女ってのは、買い物の時の体力は別なんだから始末に置けねぇなぁ。それでい
て、普段はもう歩けないって駄々こねやがる」
「……」

ワッカがあきれ果てたように言い放ち、キマリが無言のまま頷く。
この2人、一見会話が成立していないように見えるが以外に気が合っているようだ。
と――――――

「ワッカ、キマリ」

リュックが突然振りかえった。
今言ったことが聞こえたのでは?と一瞬ビクッとするワッカとキマリ。
だが、リュック聞こえたのか聞こえなかったのか、そんなことはちっとも気にするふうで
なく、

「荷物持ちが必要なの。一緒にきてよ」
「いてっ…おい!引っ張るなよ」
「さっさと歩きなよ、無駄な図体役立てるときが来たんだからさ」

といって、二人を引っ張っていくリュック。
ちょっとでもワッカとキマリが脚を止めると容赦のないリュックの蹴りと、ルールーのサ
ンダーが飛ぶ始末。
そんな扱いの粗雑さから、「リュックはワッカのセリフをしっかりと聞いていたのでは?」
と思ってしまうティーダとアーロンであった。
そして、

((頑張れよ))

助け舟を出そうものなら、今度は自分達がどんな目に会わされるかわからない。
懸命なアーロンとティーダは助けを求めるようなキマリとワッカの目を見ないよう彼等に
背を向けると、彼等の気配が消えるまで微動だにしなかった。


「―――――――なんか、退屈だなぁ」


ふわぁっと、大きなあくびを一つすると、ティーダは木の根元によりかかり、目を閉じて
いたアーロンの肩に寄りかかった。

女性軍の華やかさがなくなったとたん、妙に暇になってしまったティーダとアーロンは、
これから何をしようと考えた末、こうして休憩を楽しむことにしたのだ。

「――――――重い」

アーロンはスッと目を開けそう言い放つと、ムッとしたように顔をしかめ、それからまた
目を閉じた。

「なんだよ」

そんなアーロンの態度にティーダが面白くなさそうに顔をしかめる。
いや、こちらは顔をしかめるというよりも拗ねる、といったほうが良いか。

「あんたよりずっと軽いよ」

と、小さく文句を言いながら、足元に生えている草をブチブチと抜いていくティーダ。
その仕草があまりに幼くて、アーロンはそんなティーダは片目でちらりと見ると、

「…ハァ」

と、長いため息を一つ吐いた。
やれやれといわんばかりのアーロンの態度に、いっそう面白くなくなったティーダ。

ガラじゃないと思ったけれど、2人っきりになったとたん、なんとなくアーロンがきゅう
に恋しくなってしまって。
ちょっとだけ、寄りかかってみたくなって。
ちょっとだけ、ぬくもりを感じてみたくなって。
甘えるなって言われたけど……ちょっとだけ甘えてみたくなって。
だから……なのに。

(……いいよ。一人は…慣れてるから)

ティーダはアーロンに背を向けると、アーロンがもたれている木の反対側に腰を降ろした。

小さい頃、自分はよくジェクトと母の中むつまじい姿をこうして眺めていた。
たった一人で……寒さに震えながら膝を抱えて見つめていた。



(――――――馬鹿親父)

ティーダはジェクトが嫌いだった。
いつだって大好きな母親をジェクトは取ってしまうから。
でも、今だから思うことだが、ティーダは母親の方がもっと嫌いだったのかもしれない。

ジェクトがいると、母は自分を見てはくれなかった。
ジェクトがいなくても、母はいつも父のことばかり考えていた。
そんな母だから、ティーダはいつも必要以上に良い子に振るまい、母親がけっして自分を
嫌いにならないように常に気を使っていた。
もちろんまだ子供だったティーダは、甘えから母を困らせたことはあった。
でも……本気で駄々をこねて、本気で甘えた事など一度もなかった。
自分を一番に見てくれないなら、せめて嫌われないと。
小さい頃の自分は、母に捨てられることを怯えてばかりいた。

ジェクトは……誰よりも自分が大好きな人間だったから、母親以上にティーダにとって彼
は甘えられる人間ではなくて。
ティーダはもっとも甘やかしてくれるはずの両親の愛に飢えた子供だったのだ。

だからなんだかんだいって、ティーダが唯一本気の甘えを見せ、その甘えを汲み取ってく
れた人間は……必然的に一番ティーダを多く抱きしめてくれたアーロンだけだった。

(いいもん…いつものことだし)

ジェクトと一緒にいる時、母はジェクトのことをこれ以上ないくらいに熱っぽく見つめて
いて。まるで少女の恋の様に一途にジェクトだけを見つめる母を、息子でさえ時に邪魔に
なってしまうほどにジェクトだけを愛する母を……どうしても自分の方へ向けたくて。
幼いティーダは一生懸命母を呼んだ。
でも母の答えは決まって

「後でね」

(後でって…いつ?)

そう言いたかったけど、答える母の声があまりに冷たくて、ティーダは涙をこらえ、その
場で膝を抱えて座っているしかなかった。
いつか母が自分を呼んでくれるかもしれないと、そう自分に言い聞かせながら……

(――――――――どうせ、アーロンは他人だし…)

自分の子供でもないのに、アーロンがティーダの面倒を見る義理はない。
たとえ親友の息子でも…ティーダとは、他人なのだから。
もう子供じゃないんだから……アーロンに甘えてはいけない。

それに、アーロンがここにいるのはユウナのためなんだから。
ユウナを守るためなんだから……

もうアーロンは、ザナルカンドにいたときのアーロンじゃない。
ティーダだけを見つめ、ティーダだけを守り、そして、ティーダを愛してくれたアーロン
じゃないんだ。

(なんだよ……アーロンの……馬鹿やろう)

スッと目を閉じたとたん、目頭が熱くなった。
だが、それを感じたのは一瞬で。
ティーダは、スゥっと眠りの闇に引きこまれるのを感じていた。






「――――――やれやれ、お子様はおねむの時間か」


やけに静かだな、と思いアーロンがふと横を見ると……鮮やかな金髪が木の陰からひょこ
ひょこ見えた。
怪訝に思いそばまで行くと……案の定ティーダは眠っていた。

「……昔からちっとも変わらんな」

微かにぬれた頬に指を滑らせ、アーロンは低く笑った。
昔からティーダは哀しいことがあると、よくこうして泣きながら眠った。

声を押し殺して、濡れた顔を必死に隠して。
その悲しみが本物であればあるほど……ティーダは、こんなふうに孤独な泣き方をするの
だった。

「ティーダ」

優しい声。
自分でも驚くくらいに甘い声。

「お前が悪いんだぞ?」

涙に濡れた顔が愛らしくて。
少女のようなやわらかな頬が愛しくて。
アーロンは眠っているティーダにそっと囁きかけた。

「お前が……いつまでもジェクトにばかり捕らわれているから……」

昔からティーダは、寂しさを紛らわせるため自分に好意を向けてくれる者すべてに笑顔で
こたえた。
嫌いなのは父親だけ。
憎むのも父親だけ。

いつだって…いつだって…
ティーダはジェクトに捕らわれている。

みんな『大好き』で、ジェクトは『嫌い』だなんて。

それって……ジェクトだけは『特別』と言ってるようなものだと思わないか?

「―――――――優しくして欲しかったら俺を見ろ」

「ン…」

囁きに答えるかのように、ティーダが小さくむずがる。
アーロンはそんなティーダを起さないようにそっと胸に抱くと、誰も触れたことのないそ
の唇へ、自分の唇を押し当てた。

(わたさない)

誰にも渡しはしない。
これは、自分のもの……自分だけのもの。

いつだって思ってきた。
いつだって見つめ続けてきた。
親の愛情に飢えたこの子供。

誰かにすがりたくて。
愛して欲しくて……。
でも、誰にも抱きしめてもらえなかったティーダ。

自分だけが抱きしめた。
自分だけがその小さな体を心を包み込んだ。
――――――――この少年を手にいれるために。
自ら自分に抱かれるよう仕向けた。

なのに……まだ落ちてこない。
ティーダは、まだジェクトに捕らわれている。
まだ自分だけを見つめようとしない。


「――――――ティーダ」


そっと触れた唇。
吐息さえ甘いその唇から名残惜しげにはなれ、アーロンは低く呟いた。


「いつになれば、お前は俺のものになる?」


いつになれば……
いつまで待てば……


「ティーダ」


再度名を呼ぶアーロン。
だが、今度はなんの返事もなくて。


「……」


アーロンはふぅっと小さくため息をつくと、ティーダをそっと抱き上げた。
起さないように、そぅっと、そぅっと…
その軽い体を腕に抱いたまま、アーロンは元の木の根もとへと座りこんだ。

目が覚めた時、この少年はどんな顔をするだろう。
自分の膝の上で眠っている自分を知ったとき。
この大きな目をめいいっぱいに見開いて、悲鳴すら上げるかもしれない。

そんな事を想像しながら、アーロンはらしくない笑みを浮かべ、もう1度目を閉じるのだ
った。




―――――――ある昼下がりの旅の休息時間。
良い年した男のそんな小さな悪戯に少年は死ぬほど驚くこととなる。
ぎゃあぎゃあわめきたてる少年を後ろから蹴飛ばすことで黙らせ、男はマイペースを崩さ
ぬまま宿へと向おうとした。

「なんで、俺こんなとこで眠ってたわけ!?」
「人の膝の上をこんなとこ呼ばわりするな」
「あ…ゴメン……じゃなくて…っアーロン!あんた一体、俺が寝てる間に何したんだ
よ!!」
「そうだな……」

う〜ん、と考える振りをして真っ赤になっているティーダを見やる。
怒ったり笑ったり……本当に忙しい奴だ。

「黙ってないでなんとかいえよ!」

何も言わないアーロンに痺れを切らしたようにいうティーダ。
そんな少年を見下ろしながらアーロンは人の悪い笑みを浮かべていった。

「言っても良いが――――――人生変わるぞ?」
「―――――――!?」

とたん真っ青になるティーダ。
この男は一体自分に何を……いや、聞きたくない!!
そんな恐ろしいこと……っ

「あ…あ…」

真っ赤になったり真っ青になったりを繰り返しながらティーダは口をパクパクさせている。
そんな可愛い反応に、アーロンはいたく満足すると、ティーダに背を向け、悠々と歩き出
した。


この後、ティーダが1週間くらい落ちこみ悩んでいたことは書くまでもないだろう。



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