絶体絶命日記 2010.10

 自己存在の月1日

10月17日

 

 初めての経験。

毎日メールの交換。

初めての経験。

 

ほんとなら1時間ごとというか、30分ごとというか、10分ごとというか、話したい。

でもそれも嫌がるだろう。きっと。

だから我慢する。

 

返事が来たら瞬時に返したいけど、ちょっと間を置いて返す。

帰ってくるのが待ち遠しい。

でも結構すぐに帰ってくる。

嬉しい。

こんなこと初めてだから嬉しい。

でも、当たり前だが、ここまでの仲。これ以上はない。ないと思わなければ。

そりゃそうだ。

こっちはもう56歳。

メル友のまま少しでもいられたら、それで十分。それ以上望んでもしょうがない。

メールを出して、戻ってくる。

 

 

それだけで満足する。

当たり前だ。当たり前すぎる。

それ以上はない。

でも、話し相手がいて、こんな事はなかったことだから、うれしい。うれしいのだ。

 

 

自己存在の月13日

10月30日

 

誕生日にプレゼントを贈った。

喜んでくれた。多分。メールでだから、ほんとかどうかはわからない。

でもうれしいと書かれたメールを読むのはうれしい。

 

会いたいけれど、結構色々書いたから、会えない。

会ったら恥ずかしくて何も言えない。

 

メールでずっと付き合っていられればいい。

結構色々と言ったり聞いたりしている.

 

彼女も色々とつらい思いをしていたり、体調で悩んでいたりしている。

彼女の力になりたい。喜んでもらいたい。喜ばしたい。

メールででもできるだろう。というか、メールででしかあえないのだから。

 

 

せめてこんな人生どん底の時に話し相手ができたことを幸せと思うことだ。

 

それで十分だ。

 

話し相手としての価値がないと思われないように、しっかりと考え、しっかりと実行、しっかり生きていることを伝えていかないと。

 

だらだらした無職のダメ親父とメールなど続けてはくれない。

 

でも打ったメールが帰ってくるのは、うれしい。ありがたいことだ。そう思う。