絶体絶命日記 2008.1

白い月の魔法使いの年共振の月2

111

 

生まれあかごの心。

 

悪も元をただせば善であるぞ。その働きの御用が悪であるぞ。ご苦労の御役であるから、悪憎むでないぞ。憎むと善でなくなるぞ。

 

この方、悪が可愛いのじゃ。ご苦労じゃったぞ。もう悪の世は済みたぞ。悪の御用結構であったぞ。早う、善に変わりて、心安く善の御用聞きくれよ。

 

曇りている、我があるからじゃ。まず己の仕事をせよ。仕事とは嘉事であるぞ。仕事せよ。

善き心、善き仕事生むぞ。この道理まだわからんのか。

 

ひふみゆらゆら、ひふみゆらゆら、ひふみゆらゆら、ひふみゆらゆら、ひふみゆらゆら、ひふみゆらゆら。

 

白い月の魔法使いの年共振の月3

112

 

岩戸しめ

 

 

夫神、妻神別れ別れになったから、一方的となったから、岩戸しめられたる道理、わかるであろうがな。

 

 

次の岩戸しめは天照大神の時ぞ。大神はまだ岩戸の中にましますのぞ。

だました岩戸からはだました神がおでましぞと知らせてあろう。

 

次の岩戸しめは須盞鳴命に全ての罪をきせてネの国に追いやった時であるぞ。須盞鳴命は天が下を治しめす御役の神であるぞ。それを罪神と誤ってしまって、これが正しく岩戸しめであったぞ。

あらぶる神は、荒ぶる神ではないぞ。あらぶる神は、現生る神ぞ。

 

神武天皇の岩戸しめは、御自ら人皇を名乗りたもうより他に道はなき迄の御働きをなされたこと。

 

そして、仏教とともに仏魔わたり来て完全に岩戸しめられて、暗闇の世となったのであるぞ。その後はもう乱れほうだい。やりほうだいの世となったのであるぞ。これが五度目の大き岩戸しめであるぞ。

 

 

メグリと申すのは自分にしたことが自分にめぐってくることであるぞ。

メグリは自分でつくるのであるぞ。他を恨んではならん。

 

人間をほめることよいことじゃ。ほめて、その非をさとらせよ。罪ゆるすことじゃ。もの生かすことじゃ。生かして使うことじゃ。

 

心の窓を大きく開いて、小さい我の欲をすてると、遠くが見えてくるのじゃ。見えたら先ず自分の周囲に知らせねばならん。知らすことによって、次の道が開けてくるのじゃ。自分だけではうれしうれしとならん。うれしくないもの弥栄しないぞ。

 

それが善であっても、己のためのみならば死し、善のための善ならば、弥栄えるぞ。

 

今の姿は何事ぞ。ボタン押せよ。燈台もとへ来て、明るうなると思いじっと待っていて、ボタン押せよ。あかりとなれよ。光となれよ。

 

 

金の世すみて、キの世くるぞ。

 

明日は永遠に来ないぞ。無いものぞ。今のみあるのじゃ。

 

世界は進歩し文明するのではないぞ。

呼吸するのみぞ。脈博するのみぞ。変化するのみぞ。くるくる廻るのみぞ。

歓喜弥栄とはこのことぞ。

 

 

そなたは何万年の原因から生まれ出た結果であるぞ。不足申すでないぞ。

 

 

人間それぞれのミタマによって、役目違うのであるぞ。手は手、足は足と申してあろう。何もかもまぜこぜにやるから、結びつかんのじゃ。

ミタマ磨きとは善いと感じたこと直ちに行うことぞ。

 

 

自分が生んだもの、自分から湧き出るものは、いくら与えてもなくならんぞ。

与えよ、与えよ、与えてなくなるものは、もとから自分のものではないものと申して

あろう。いずれなくなるもの、与えておけばよい。

 

 

神は宇宙をつくり給わず。神の中に宇宙を生みたもうたのであるぞ。

神は人となりたいのじゃ。人は神となりたいのじゃ。人は神のいれもの、神は人のいのち。

自分に自分が騙されんように、いたしてくれよ。自分の中に善の仮面かぶった、悪が住んでいるのに気づかんか。祓い清めの神が須盞鳴命なり。

 

 

白い月の魔法使いの年共振の月7

116

 

ここまで知らして、目覚めん臣民なら手引いてみていてござれ。

見事仕上げて見せるぞ。

雀ちうちう烏かうかう。

 

神徳積んだら人の前に自分隠せるぞ。

昨日より、今日、今日より、明日、一歩一歩弥栄えよ。一足飛び、見ていても危ない。

 

神相手に悠々と天地を歩め。

 

 

悪を悪と見るのが悪。

 

 

罪を憎んで人を憎まずは悪のやり方。

神のやり方は、その罪をも憎まず。

 

悪で行けるのなら悪でもよいが、悪は影であるから、悪では続かんから早う善に戻れ。

 

悪を食うて暮らさなければならん時近づいたぞ。悪を噛んで、よく消化し、浄化して下されよ。悪は善の仮面をかぶっていること多いぞ。だが、悪も大神の中に生まれたものであること知らねばならん。

 

 

生命の木の実は美しくおいしいぞ。食べてはならんが、食べねばならんぞ。肉体慾が先に出るから、命を失う。心でとりて、実を喜ばせて食べるとよいのであるぞ。食べないで食べる秘密。

 

 

どんな草でもその草でなければならん御用あるぞ。

だから生きているのじゃ。

その働き御用忘れるから苦しむ。

行き詰る。

御用忘れるから亡びるのじゃ。

 

神通した人間の仕事つかうまつれよ。

神示に囚われてはならん。

神示捨てて、仕事に神示生かして生活せよ。生活が神示じゃ。判りたか。早うこの御用急いで下されよ。

白い月の魔法使いの年共振の月6

117

 

この神示うぶのままであるから、そのつもりで、とりてくれよ。

嘘は書けん根本ざがらこの神示の通りに天地の規則決まるのざぞ。心得てこの世の御用にかかりてくれよ。世界のことざから,少し位の遅し速しはあるぞ。間違いないことざぞ。

 

日々の人民の御用が神の御用と一致するように努力せねばならん。

一致すればうれしうれしで暮らし向きも何一つ足らぬものはなくなってくるぞ。

食物が喜んで飛び込んでくるぞ。着る物が着てくれと飛び込んでくるぞ。住居も出てくるぞ。心のそれぞれも同様ぞ。

 

神の道を進むものは嫌でも金が溜まるのじゃ。金が溜まらねば深く省みよ。道にはずれて御座るぞ。

 

 

総てが神じゃ。喜びじゃ。始めから全体をつかもうとしても、それは無理と申すもの。手でも足でも、よい。何処でもよいからつかめる所からつかんで御座れよ。

だんだんわかってくるぞ。

宇宙の総てはこの神の現れであり、一面であるから、その何処つかんでもよいのであるぞ。その何処つかんですがってもよいのであるぞ。総てに神の息、通っているぞ。一本の箸おがんでもよいのじゃが、それより実や作りて拝むほうがよいぞ。ちゃんと目当て、決めねばいかん。目当てなくては拝めん道理。

内の自分に火をつけよ。

 

神も人間も同じであると申してあろう。同じであるが違うと申してあろう。それは大神は大神の中に神を生み、神の中に人を生んだためぞ。

大神弥栄なれば神も弥栄、人も弥栄。

 

一神即多神即汎神である事実説いて聞かせよ。

 

白い月の魔法使いの年共振の月

1月18

 

地獄ないと申してあろう。人は神の喜びの子じゃ。人の本姓は神であるぞ。

我だしてはならん。

そなたはいつもそれでいつもしくじっているぞ。

天狗ではならん。心できたら足場固めねばならん。神の足場は人間じゃ。

 

そなたは一度神を捨てよ。

神にしがみついているから、小さい囚われたゆとりのない神を、そなたが作り上げているぞ。

信ずれば信ずるほど危ないぞ。

大空に向かって、大きく深呼吸し、今までの神を捨てよ。心の洗濯をせよ。

神を信じつつ迷信に落ちていると申してあること、よく心得よ。

 

真の信仰に入ると、宗教にとらわれなくなるぞ。形式に囚われなくなるぞ。

裸体になって、ぶつかれよ。

神様も裸体になってそなたを抱いてくださるぞ。

 

他の神を拝してはならんと言う、そなたの信仰はそれだけのもの、早う卒業結構。

 

気長にやれと申してあろう。長い苦心なければ、善いものできん.この世ででき終わらねば、あの世まで持ち続けてやり続けてもよいのじゃ。

 

信念と信仰は違うぞ。信念は自分のもの。

信念越えて、信仰ざぞ。任せきったのが信仰ざぞ。

 

神の道を進むものは、嫌でも金が溜まるのじゃ。金が溜まらねば深く省みよ。

道にはずれてござるぞ。

人は罪の子でない喜びの子ぞ。

 

己殺して他人助けることは悪。

他人殺して己助かるも悪。

神ばかり大切にして、人放っておくのも悪。

 

己を活かし、他人も活かすのが天の道。

 

神は人に依りて、神となる。

人は神に依って人となる。

 

マコトの神の御心わかりたか。

今までの教え間違っていたこと段々わかりてくるであろうがな。

 

 

昼間から酒飲んでる。

いいかげんどうかなってくれ。

 

何年我慢した。

その我慢がまちがっていた。

それもわかっている。

 

30年以上まちがっていた。

それもわかっている。

しかしわかることはつらい。辛すぎるだろ。

30年もまちがっていたのだから。

純粋と誠実を守ってきたと思っていた。

それがただ我を守ってきただけなのだ。

 

そんなこともわかっている。

わかっている。わかりすぎている。頭の中で。

次に進めない。

我を守る。

それが身に染み付いている。

取れない。

そこから離れられない。

かっこばかりつけている。かっこばかりだ。

 

普通にきてくれ。

普通に色々なこと、きてくれ。普通に来ること、来てくれ。

 

我を捨てる。

とりあえず、起こる全てを受け入れ、マコトを尽くす。

とりあえず、それしかないのが悲しい。とりあえず。そんな言葉が悲しい。

そしてそれ以外方法のないのが悲しい。

 

我だ。

我だ。

我に食われている。

我に食われているのだ。苦しすぎる。

 

我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我

 

人は罪の子ではないぞ。喜びの子ぞ。

 

白い月の魔法使いの年共振の月15

124

 

夢を見た。

 

喉元が苦しい。

異物がある。

 

これは現実の生活でもあるのだ。

喉の奥に直径1センチほどの白いぶよぶよした玉ができる。半年に一度くらいだ。それをゴホゴホいって出す。ころっと出る。

別に痛いわけでもなく、半年かけて育っていくのだろう。

なんかの病気なのだろうが、別に気にしてないので、調べてもいない。

 

だから夢の中でもゴホゴホいって出した。

かなりでかい。

大きさは葫のかけらくらいで、かなり大きい。だが厚さはかなり薄い。2ミリほど。

それが34枚と続けて出てくる。

だがまだ違和感がある。

ゴホゴホを続ける。

幅1cm、長さ10センチほどのプラスチック製のテープ状のものが口から出てくる。それを両手もつかんでするすると引き出す。

どんどん出てくる。

胸から喉にかけてテープが上がっていく感じが続く。

ずっと続くような気がして怖い。だが手を止めずするすると引きだす。どんどん出てくる。

 

やがてテープ状の物が固まってがさがさした感じが喉に当たる。

それを一気に引き出す。

喉に痛みが走る、喉が傷つく、と一瞬思うが、思い切って引っ張る。

 

喉にグッと引っかかる感じがするが、かまわず引きだす。

 

テープ状の物がぐるぐる巻きになってぽんと外に転がり出る。

 

ぼくはほっとする。

 

喉に張り付いていた物、胸に突っかかっていた物が出たのだ。

 

ぼくはほっとする。

 

 

だが、現実ではそうでもない。

胸は苦しい。

いくつもの言葉にならない思いで重い。

思い切って引き出していけば楽になるということか。

いやすでにもう大丈夫になっていることを知らしてくれているのか。

 

とにかくこれから夢を頼りにする。

夢は無意識であり、我を越えていて、神の意識に通じている。

だから夢を頼りにする。

 

白い月の魔法使いの年共振の月16

125

 

いつも夢ではこれまで見たことのないシーン、アングル、物体、を見る。

今回もだ。

 

画面右端三分の一に金色の細長い物体がある。

かすかにそれが、それ全体が上下している。

やがてそれが雌のライオンであることがわかる。それが向こうを向いて横たわっているのだ。

筋肉が盛り上がり、上下し、短い毛が風に揺れている。

急に顔をこちらに向ける。グッと顔が大きくなる。

細い目がこちらをじっとにらみつける。

 

恐怖だ。体がきゅっと縮み上がり、目をそらしたくなる。

だがここだと思う。

目をそらしてならないと思い、目に力を入れる。

 

ライオンがゆっくりと立つ。

どんどんライオンがアップになる。

どんどん大きくなる。

1メートルほど前を顔をこちらに向けながらゆっくりと歩く。目に力を入れる。

涙目になる。ライオンは1メートルの間隔をそのままに、通り過ぎていく。

だがライオンの体は大きく、なかなか目の前から通り過ぎない。

消えていかない。

 

急にライオンの体の後半が熊に変わる。まっ黒でころころした熊だ。鼻先が黄色い。それがぼくの目の前を通り過ぎるや、コロンと転がって、でんぐり返しをして、ぼくにクンクン寄ってくる。

 

左から鼻先を結んでいる像が体を揺らしている。何だか嬉しそうだ。

 

 

まあ、何だかほっとするいい夢だったようだ。

恐怖、勝負、勝利、安心、嬉しい、いい事の前兆なのだ。

きっと。

 

白い月の魔法使いの年共振の月

1月30日

 

夢にきいた。

立て替えている月謝が相当な額になり、しかも踏み倒された。

この事をどうすればいいのか。

 

結婚式だ。

奥行きのある大きなホール。

ぼくは舞台に上がっている。

披露宴で、カラオケをさせられているのだ。

ぼくは覚悟を決め、マイクを受け取る。

曲が始まる。チューリーップの曲だ。

ところが渡された歌詞カードにその曲はなく、その本は曲紹介のカードで、ぼくはマイクを通じて、歌詞がわからないよ。と言う。

 

周りの食事を運んでいるウエイターやウエイトレスがあわてて走り回る。

曲は終わり、しょうがないのでぼくは別の曲をリクエストする。やはりチューリーップの「銀色の指輪」だ。

最初声をはずしたが、そのおかげであとはうまく歌えた。

 

舞台の上は人が行きかい、やかましい。舞台から見下ろせるいくつものテーブルも人がたくさんいて、賑わっている。

 

ぼくはそこを通り過ぎ妻に会いに行く。

ずっと奥だ。

そこは照明が落とされていて、テーブルもなく、いや、何もない。

そこでぼくの妻らしい人が、すっと立っている。薄ぼんやりとした灯りにシルエットが浮き上がっている。短く刈った髪、細いからだ。バレリーナのように、背筋を伸ばし、右足の足首を軽く曲げている。ややうつむき加減で周りを囲む同じようなスリムで短髪の女たちに囲まれている。女たちは床に座り、妻の言葉に耳を傾けているようだ。何を話しているのだろう。

静かに淡々と妻は話している。

 

妻が歩き始めた。

周りの女たちが立ち上がる。

妻はさっさとドアに向かう。ドアの向こうにエスカレーターがありそこに向かう。

どんどんと向かう。

一切こちらに注意は向けない。

気付いていないのか、無視しているのか。

 

ぼくは妻に声をかけようとする。

だが妻はさっさと歩いていく。

ぼくには何の注意も向けない。

完全無視だ。

一切気がついていない。

 

それは感心するほどに見事な無視だ。

全くぼくのいる空間と時間から切り離されている。

別世界の出来事だ。

 

こちらがどうこうする世界ではない。できる世界ではない。

 

気にすることも、気に病むこともないのだ。

こちらも無視すればいい。

気にかける必要もない。

全く見事に関係のない世界なのだ。

関わることもできず、する必要もない。

なんだか、すっきりとする。

 

 

そういうことだ。

金は戻ってこない。

そのことできっと損もしない。

損と得とは関係のないことなのだ。関係のないことなのだ。

きっと。

 

損したことを恨むことはない。

恨むことはない。

関係のないことなのだから。

恨む必要はない。

恨んではいけない、そういうことだ。

 

 

 

白い月の魔法使いの年共振の月23

131

 

夢に聞いた。

ぼくの大好きなあの娘、どうすればいい?

 

マラソンのレース。ぼくは靴紐をシューズに通している。

真剣だ。

右左のバランスや、強い弱いのバランスが正しくなければ、あと5キロという所で痛みが出る。

だから丁寧に神経を集中させ、紐を通していく。

 

穴に入れる。通す。紐を引っ張る。左右のバランスを取り、次の穴に入れる。

引っ張る、左右のバランスを確かめる。

また穴に入れる。

 

3つ穴を通した時に、グッと一度力を込めた。

かくっと、紐が下に落ちた。

初めての感覚。これまで何回も靴に紐は通してきた。

こんな感じは始めだ。

 

見ると、グッと力を込めた時、穴と穴の間を紐が裂き、ベロが破れている。

靴の中央が真っ二つに割れたのだ。靴の中央の5cmほどがべろっとはがれている。

 

 

考えられない。

丁寧に、しっかりと結んだ挙句、靴の中央がべろっと破れたのだ。

もう、使えない;。

ぼくはパニックを起こす。だが冷静に冷静にと自分に言い聞かせる。だがもうどうしようもない。

 

靴の真ん中は何にもないのだ。

それでもぼくは考える。

そばに大きなサンダルがあった。

そのサンダルに靴ごと足を乗せる。そしてそのサンダルとシューズとを紐でぐるぐる巻きにしようとしたのだ。

であればまだサンダルだけで走るほうがいい。

だがサンダルの上に靴を載せ、それを紐でぐるぐる巻きにしようとする。

 

スタートの時間が近づく。

 

ぼくは紐でぐるぐる巻きにしている。

もう、どうにもならないことはわかっているのに。

 

 

そうだ、もうどうにもならないことなのだ。

真剣に、丁寧に、心を込めてしたことが、馬鹿みたいに、初めて見るとんでもない結果になったのだ。

 

靴の真ん中がべろっと破れる。

心を込めた大事な一ひも一ひもが、靴を壊す。

 

 

それが結論だ。

関わってはいけない。

諦める。

一つ一つの思いが、全てを壊す。

 

夢はさすがに、きちっと教えてくれる。

ベロが力を込めた靴ひもに破られるのだ。

初めて見るシーン。

 

こんなシーンを見せて、夢は教えてくれる。

あの娘のことはこれでおしまいにせよと。

おしまいにせよと。