絶体絶命日記2006.3.1−30

黄色い宇宙の種の年太陽の月1日

3月7日

 

2日に親父が死んだ。

最後は静かだった。

それまでは一日中、夜もイタイイタイをうめいていた。

その度に起き、体をさすった。

面倒くさいと思う自分を叱りながら、さすった。

妹とお袋も起きてさすった。

 

あと1週間というところで飲まず食わずになった。

氷を小さく砕いて、口の中に入れた。それが溶けて消えていき、喉を通っていくのだが、5mmほどの塊が2個ほど通っていくだけだ。

それで1日。

そうやって1週間を過ごした。

その時にはうめき声も小さく、赤ん坊の泣き声のように聞こえた。

 

魂を産み落とそうとしている、産みの苦しみの声なのだと思った。

 

苦しみながら目をむきながら死んでいくのではと、それを恐れていた。

がんの痛みと呼吸の止まる苦しみ。

想像するだけでめまいがする。

 

だが最後は静かだった。

呼吸が荒く、不規則になり、浅くなった。

,3分ほど続いた。

 

短く3回、はっはっはっと吐くと、止まった。

一度吸ったような気がした。

吐いて、と言った。

吐けば吸えるのだ。また吸える。

そうすればまた吐ける。吐けば吸える。

もう一度呼吸が続くと思ったが、止まったままだった。

テレビの時刻を見ていた。8時20分。

8時20分に死んだのだ。

脈もない。

ここから消えていなくなったのだ。

その時刻が8時20分。

時刻が20分から21分に変わった。

21分の世界にはもういないのだ。

1分前にはいた。

もう永遠にいないのだ。

 

悲しくはなかった。

妹は泣いていた。

 

ほっとした。

痛まなくてもういいのだ。

それが良かったと思った。

だが涙が出なかったのは少し悲しかった。

 

 

20分後、これまで世話になった看護士の3人が来た。

3人とも、辛かったね、これでもう痛くないね、と言いながら体をさすりながら泣いていた。

立派だなと思った。

いつもこんな時には泣いているのだろうか、だとしたら、やはり立派な人たちだ。

 

30分後、先生が来た。

これまですっと鍵が戻らなかった玄関のドアが、その時すっと閉まった。

「玄関が閉まりましたね。」

そう言いながら入ってきた。

 

看護士の人たちが体を拭いてくれた。

服を着替えさせた。

服がだぶだぶになっていた。

腹話術の人形のように見えた。

足はズボンしか見えない。

ぺちゃんこのズボンがベッドに乗っかっている。

看護士の人が、父のほおが落ちていたので、綿を多く詰めて、そして両手でほおを動かし、少し唇を開き、笑顔を作ってくれた。

本当に笑っているように見えた。

 

 

4日がお通夜で5日が告別式だった。

告別式のあいさつだ。

 

『本日はお忙しい中、父〇〇の葬儀・告別式にお運びいただきまして、本当に有難うございました。故人もこころより喜んでいることと存じます。

昨年の6月、がんと診断されました。

その時はお盆を迎えることはないだろうとの医師の言葉でしたが、その後、元気になり、退院の日は車椅子で買い物、次に酒屋で酒を買い、みんなで妹の作ったチャーハンを食べました。

父が退院したら一番に食べたいと言っていたものです。

秋には車椅子で、母と急な坂道の多い中、近くを散歩したり、日曜日は私と酒屋に行ったり、またそろって寿司を食べに行ったこともありました。

 

父は旅行が好きで、殆ど全国を回っていて、またその時の天気や、そこで食べたもの、その味、そこで交わした言葉も実に良く覚えていて、よく話してくれたものです。小学生、中学生の時の遠足のことを話してくれた事もあります。 

 

ゴルフも好きで、私も小さな頃よく父について打ちっ放しに行きました。父の打つビシッという小気味良い音が耳に残っています。

また父の打つボールが青い空に吸い込まれていく光景も、目に残っています。

カラオケも好きで、家族で何回か一緒にカラオケに歌いに行ったこともあります。

実に気持ちよさそうに歌う姿が思い出されます。

青葉会の皆様にはカラオケやゲートボールでお世話していただき、感謝しております。

 

2月になり痛みが激しくなり、「軍刀で切り刻まれているようだ」と言った事があります。

2月の中旬、下血があり、その後2日間ほど食事も取れず、かなり弱った時がありましたが、その時、「今度みんなでサイトシーイングに行こう。」と言って、最初みんな意味がわからなかったのですが、観光旅行ということがわかりみんなで笑った時、「愉快、愉快」と言いながら、父も、とても嬉しそうに笑っていました。

 

夜中痛みに唸っている時には、母や妹と交代でマッサージしましたが、スース−と寝息を立て気持ちよさそうに眠るのを見るとほっとしたものです。

また眠っていると思っていると、マッサージをしている私たちの手を握ってくれる事が何回もありました。手は思っていた以上に暖かく、柔らかでした。

 

最後は母と妹と3人で看病しましたが、ガンの痛みをどれだけ思いやることができたのか、それを思うと申し訳ない気持ちになります。また家族でサイトシーイングに行けなくなったことがとても寂しいですが、最後までガンの痛みと闘った父を立派だと思っております。

 

本日は誠にありがとうございました。』

 

サイトシーイングだ。

一緒にいけなくなったのだ。

5月には3人でどこかに行こうと思う。

きっと行かなくてはならないのだろう。

 

3月16日

 

保険再考.

 

もともと今から8年前、会社を辞めて保険会社に入った元同僚に勧められて入った保

.

月々18800円払っている.

ところが最近目立つアリコや外資系の保険のTVコマーシャルでは、そんな高いのない

.

 

そこで再考.

年収300万円ない身となっては、月々の払いが多いのだ.

で、聞いてみた.

 

担当はしょぼくれた中年の男性.

どうも話していても、パッパッと返ってこない.

 

こっちは18800円払ってもアリコより良いと説得されたかったのだが.

 

だが聞くと、これは死んだあとの一時金が1000万、その後の収入保証が年250万×10

回の2500万、合わせて遺族に払われる金が3500万のものだと分った.

 

確かにそうであれば月々の払いも高いのだろう.

アリコの死後保障はそんなに高くはなかった.

納得はした.

 

だが問題はこっちは貧乏な独身男だということだ.

そこで、月々1万円、死後の払いよりも、入院・手術保障、ガン、その他の病気対

策、それにボーナス。それを重視するとどうなるか、シミュレーションをしてくれと

言った.

1週間以内に新しい保険のパターンを送ると言う.

 

 

死んでも残す相手がいないのだ.

寂しいことだ.

 

それよりガンにでもなって、きちんとした手当てが受けられず、一人部屋の片隅でイ

タイイタイとうめきながら死ぬのが怖い.

多分、医学も進んで、痛みを止める薬は出てくるだろう.今だって、外国ではそんな

薬はあるのだ.ただ医療。行政の仕組みの中でそんな薬の承認が降りないだけらしい.

それもあと10,20年もすれば、降りるのだろう.

どっちにしても、痛み対策はどうとかなってるはずだ.

 

あとは、ベッドに入れるだけのお金。

だから今からそれを確保しておく.その為の保険.

 

 

そんなことを真剣に考えるようになった.

今回の親父の死を見て考えるようになった.

 

一人で死ぬのは怖い.

 

3月17日

 

PC,修理費8万!!

しかし同じ箇所の3度目の故障を修理メモに書いて送っていたので、マザーボードの交換は無料にするという.

ほっとする。

ありがたかった.

 

 

バッテリーの交換もいらない(ACアダプタで使用する)事を言うとさらに、さらに6万に.

またハードディスクの交換も、買い換える矢先の故障で、データの移動の為だけに再生できればいいことを言うと、さらに、2万3000円.

 

この2万だって本来は払いたくもない金なのだが、しょうがない.どっちみち、ウィンドウズの98、先はないし、しかももうこのPC6年使っている.

替え時なのだ.

 

あきらめて払う.

それしかない。

そして、DVDが見れて、テレビも見れて、録画できて、コードレスで、街中でもネットに繋ぐことできるのに、替える.

 

これはこれでわくわくする.

欲しいのだ.

だが問題はデータの移動ができるかだ.

 

とりあえず、ソースネクストの「引越しパック」というのが出ている.ネットで調べてみると、それほど悪い評判はない.2チャンネルでは、結局安かろう悪かろうと叩かれているが、ほかでは悪い評判はない.

それにケーブル1本で簡単にデータの移動ができると書いてあって、それが1980円なら、買ってみる価値はある。

それにウィンドウズのXPにはデータトラベリングという機能があり、これは別のPCのデータを移動する為の機能らしい.

 

これも使えるかもしれない.

 

だが問題は、インターネットの設定なのだ.

これができるかどうか.

不安なのだ.

しかもここでADSLから「ひかり」に買えようかとも思っているのだ.

 

チラシが入っていて、このマンションが「ひかり」に対応しているのをご存知ですか、とあった.

 

しかもADSLと殆ど変わらない.IP電話にすれば安くなるとあった.

これは考えなくてはならない.

安くなる.

 

安くしなければならないのだ.

保険も今見直している.

年収300万を割っている.

貧乏なのだ.

 

節約と経費の削減.

これが今大きなテーマになっている.

 

電話代、ネット代、保険料、安くできものは安くする.

DVDだって壊れている.直すのに金がかかる.

ビデオまで壊れそうになっている.またまた金がかかる.

 

こんどのPCはそのどちらにも対応している.

ここは一つ、面倒くさいが、本当に面倒くさいが、一つ一つやっていくしかない.

一番苦手なことだが、しょうがない.

全部替える.

4月からは気持ちよく全部新しくなっているのだ.

 

 

3月19日。

 

買ったLavie A。

25万。

 

高い。実に高い。

だがこれは親父の形見だと思うことにしてる。

生前、親父にコンピュータ古いだろ、新しいの買え、いくらいる、と聞かれたことがあった。

その時次に買う時はこれだと思っていたので、25万といったら、じゃあ、ホレ、といって、30万出してくれた。

 

その時はまだ前のPCが元気だったので、いいよ、まだいい、といって断ったのだ。

 

遺産がいくらか入る。

それでいっそ、思い切って、この高い奴を買う。

買って形見だと思って使う。

それでこの贅沢も許されるだろう。

 

続いて、Bフレッツだ。

無線ランでネットと、テレビを使う。

 

こういうことは苦手だ。

PCやネットの設定は謎の呪いの言葉だ。

 

ヨドバシでは、PC購入と同時にBフレッツを申し込むと、2万安くなるといったが、その際、今使っている、プロバイダを解約しなければならなくなるので(アサヒネットは安くなるプロバイダーに入っていないのだ!)、

それはやめにした。涙を飲んだ。飲み込んだ。

2万安くなるのなら、解約もしたいが、解約すると、またホームページでの新しい設定をやらなくてはならなくなる。

 

それが気が遠くなる。

目の前が真っ暗になる。

だから2万円は捨てることにした。

ややこしい設定で頭を悩ませるのなら2万などはした金なのだ!!!!!!  くぅ〜〜〜。

 

 

これからBフレッツを申し込む。

工事があったり、新しい設定があったり、あ〜〜〜〜いやだいやだいやだ。

 

 

黄色い宇宙の種の年太陽の月

3月26日

LaVie A今のところいい。

テレビも映る。

ヨドバシのアンちゃんはスタート画面を指して「これくらい映るのか」と聞いたら、「全然、だめです。これを期待したらダメです。」と言ったが、それが逆に良かったのか、思っていたよりも良く映る。きれいだ。

 

無線でテレビ電波がPCに飛ぶのだ。ワイヤレス。

LaVie Aを持って部屋中を歩き回ったが、どこもちゃんと映った。

狭い部屋だからだが、それにしても画面が乱れることもない。

 

次は番組予約だ。

明日の朝の3チャンネル、その後のニュース。

これがちゃんと撮れているか。

 

そのあとが古いPCから新しいPCへのデータの移動だ。

ソースネクストの「引越しパック。」

これがどんだけ働いてくれるか。頼むぞ。

 

そのあとがインターネット。

だがその前にASAHIネットのコース変更。

どうも光にすると高くなるかもしれないのだ。

これは月曜になればわかる。

だがもういい。とにかくADSLからBフレッツに替えるのだ。

コンピュータもネットも最新にする。

それに保険もだ。

 

アリコ。

どうもCMばかりの怪しい会社だが、いい。

明治安田生命の更新で、54歳で4万。64歳で8万に上がるのを考えれば、アリコでいい。

 

それに解約の返戻金がいくらかあるはずなのだ。

既に8年間で180万払っているのだから、130万くらい帰ってくるかもしれない。

甘いか。

帰ってきたらなんか贅沢したい。

 

黄色い宇宙の種の年太陽の月

3月31日.

 

今日これからBフレッツの工事に入る.

よくわからないが、NTTから送られてきたCDを入れれば、ネットが繋がるらしい.だがそれはBフレッツ側のことで、PC側のことではないはずだ.

それができてない.分からない.

明日からネットとメールができなくなる.

一体どうなるのか.

自分でやるしかない.

頭くらくらする.