パサージュ−85

 岩となって飛んでいる。

風を切る音がゴゴゴゴゴゴゴゴ――と聞こえる。

腹なのか下側が風に当たり涼しい。

背中なのか上側は日に当たり熱い。

宙を飛んでいる。

それは分かる。もう何分となく飛んでいる。10分か20分か、いやもしかしたら2時間3時間かもしれない。

下を見ると緑色の川が延々と流れている。目はあるのだ。

耳もある。

だが手足はない。

岩なのだから。

 

どこに何をしに飛んでいくのかは分からない。

いや誰かの墓になるのだ。

墓の一部になるために飛んでいる。

それはとても確かなことだ。スピードが増す。風を切る音が強くなる。

 

ふっとスピードが落ちた。

重さが消えた。

止まった。

そのままゆらゆらと垂直に落ち始めた。

ゆらゆらとだ。

10cmか20cmを右に左に揺れながら落ちていく。

 

風に飛ばされる。飛ばされている。だから軽いのだ。とても軽いのだ。

羽になったのかもしれない。

緑の羽だ。だが何も見えない。今度は目はないのかもしれない。

目を開けようとするが、目がどこにあるのか分からないので力の入れようがない。手も足もないのは前と同じだ。

ゆらゆらと落ちていく。

 

止まった。

腹が何かにべったりと触わり動きが止まった。といっても自分の重さも感じられないので、次の風に上下が入れ替わってからはどちらが腹でどちらが背中なのかは分からなくなった。

土のざらざらした感じや広がりや温かさや冷たさや、体に水のしみてくるのが分かる。

音は聞こえる。

だが音は次第に何か重さになりのしかかり、全身が小刻みに震え始め、体そのものが震えそのものになっていく。

 

暗い。

音が消え、大きな振動、ゆっくりとした振動、鼓動。

 

湿った広がりの中で、体の輪郭が消えていき、くたっと力が抜けていく。

土の中に溶けていくのだ。

 

何かの種だったのだ。今ここに種として着地し、土の中に溶け、そして何かになってまた土の上に頭を出すのかもしれない。

 

眠い。

溶けていく。

 

2010.3.30