パサージュ−79

それはいつも気になっていた。

机の横の5段の引き出しのついた黒のチェストだ。

中には古い手帳とか、書類、携帯のマニュアル、以前使っていたPC, スキャナー、プリンタが入っている。

各引き出しの中は全部埋まってはいず、半分ほどの空間がある。

 

夜、いや午前中でも、時々、3,4ヶ月に1度、中でカタカタとか、コトッとか、こんこんとか、サーとかドンとか、いろんな感じで音がするのだ.そしてそれが確かに何かが中にいて動いた、動いているという感じなのだ。

それで最初はドキッとし、マンションの上の階の住人の床を歩く音とか擦る音とかが壁を伝ってさらにチェスとに伝わってそんな音がしたのだろうと思おうとしたが、確かに引き出しの中で音がしたのだった。

 

ちょっとした勇気を持って、引き出しを開けたことも何回かある。

別に何かがいるわけではない。

手を入れて四隅の板を叩いて別にどこかに続いている穴でもないかと調べもした。壁とは5cmほど隙間があるのでかべを通していうことも無い。

大体あるはずが無い。

 

だいたい音というのは何かしらするものだ。

板が反ったり、中に入っている紙やプラスチックや、あるいはスチールが長い間置かれていたら、何かの拍子でちょっと動いたりもするのだ。

 

別に引き出しの中で小人が走り回っているわけではない。

それでも昨日は夜中、コトコト音が続いた。

夜だし、眠っていたのだからこれは明らかに寝ぼけているだけだ。もしかしたら夢の続きなのかもしれない。

だからこれは不思議が現象ではない。

そう思って布団をかぶってまた眠った。

 

ところがさっき、つまりこれを書く前、30分ほど前だったが、えらくしつこくコトコトと一番下の引き出しから音が聞こえてくるのだ。

もしかしたら誰かが助けを求めているのかもしれない。

何らかの方法でどこか別の場所に監禁され、身動きの取れない誰かが助けを求めているのかもしれない、そう思い、引き出しを開け、引き抜き、中に入っていた昔使っていたNHKの英語のテキストを取り出し、上下左右を念入りに調べてみた。どこかに何かのしるしがあるかもしれない。

 

外で鳴く鳥の声がキイキイと甲高い。

そうしたことも何か関係があるのだろうか。

外を見ると、羊雲が遠くに広がり、手前を細く長くサーと真っ直ぐに雲が流れている。

そんなことも考えに入れなければならないのだろうか。

 

だが別にそのあとに何か展開があるわけでもない。出した引き出しを元に戻し、コンコンと板を叩き、元通り押し込めた。

気になったので、それを今書いている。

 

きっと何かがいるのだ。

小人でも誰かの何かの意識でも。

それがいたずらに、もしかしたら必死の思いで、あるいはそんなこととは関係なくいつも通りの毎日の日課で、何かをしているのだろう。

 

ぼくにはそれが何なのかは分からない。

分かりたいが手立てはない。

でも考えてみればそれはほかの全てでも同じことだ。

 

教室の子供のことも親のことも、会社の同僚や上司のことも、親や兄弟のことも世間のことも隣の住人のことも、木や雲や鳥や花のことも何も分からない。

そうした分からないことの一つに過ぎないのだろう。

またカタカタと揺れた。

絶妙のタイミングだ。

信じられない。

でも救出にあせるのか、笑って軽く手を振るのか、どちらか分からない。

分かりようが無い。

であれば、ただそれがそこにいることを知っておくことしかできないのだろう。

 

またコトコトだ。

切羽詰った音ではないようだ。たぶん。

 

こんこん。

今度はぼくが引き出しを叩いてみた。

これでいいのだろう。たぶん。

 

2007.11.26