パサージュ−76

 

火葬場は、馬鹿みたいに現代的なデザインの建物だった。

きっとこんなデザインはみんなの目の届く所ではできないから、火葬場なら誰も見ないからと、好き放題にやったのだろう。

 

1時間、炎に当てられた後の父の骨は白かった。

喪主であるぼくの目の前に、骨が並ぶ。

思っていたよりもずっとずっと白かった。うっとりするほど白かった。

そしてその骨の中に、さっと一撫で、緑の色が流れていた。

何の色なのだろう。

係りの大きな帽子をかぶった火葬場の若い男に聞きたかった。

この緑色は何?

 

男は礼儀正しくこれは上半身の骨、下半身の骨、頭部の骨と説明する。

そして男は骨が骨壷に入らないからといって、2本の箸で骨壷に入っている骨を力任せに砕くのだ。

ギシギシギシギシギシと骨が音を立てて砕けていく。

殺意が芽生えた。

意外なくらい大きな殺意が。

 

さらに男は骨壷に一緒に入れてくれと言った父の愛用の眼鏡を開き、頭蓋骨の上に乗っけた。

それもありだろう。

だが、閉じて、そっと骨壷の端に入れることだってあっただろう。

それを開いて、薄い頭蓋骨の皿のような骨の上に、乗っけたのだ。

遊んでるのか?

そうも思った。

殺意と脱力感。

 

目の前のステンレスの台の上に、父の骨の粉が残っている。

骨壷に入れる際に落ちた骨の粉だ。

粉だ。

ふっと吹けば、飛んでいく、1mmもない小さな粉の集まりだ。

 

だがそれは昨日までは生きていた人間の、しかもぼくを生んだ人間の、その人間を作っていた体の、その中心をなしていた骨の一部なのだ。

 

ぼくはその粉に指をつけ、口に入れた。

何か生々しい匂いがほんの一瞬口中を掠めた。

何の匂いなのか。

 

ステンレスの台にはまだ骨の粉が残っている。ぼくは隣りにいる母の制止を振り切り、もう一度骨を指に掬い、舐めてみる。

 

ほんの少しの骨の粉、さらさらとした骨の粉、しかしどこか生々しいのだ。

緑の色。

草の葉。

 

 

 

 

崖を転げ落ちた。

くるくると回った。

ぼくは小学2年か3年生。

 

父親が追いかけた。

きらきらと太陽が回り、空も回り、ごつんごつんと体が土にぶつかった。

ふっ、ふっ、と息がもれた。

いきなり、止まった。

空と太陽がガシッと止まった。

大きな堅い手が頬を挟んだ。                                                           

緑の草の葉がその手にあった。

 

ぼくを追いかけた父の手に、いつのまにか草の葉が絡みついていた。ぼくの頬を挟んだ父の手のその葉は、緑の汁を出し、草は青臭い匂いを出していた。

くさい。

ぼくはそう思った。

そしてその匂いを見ようと目を下ろした時、父の指の間を一筋緑の筋が流れていた。

くさかったがほっとした。

ぬけていた力が戻り、ぼくは思い切りぴょんと立ち上がった。

父に向けて、顔を上げた。

 

 

 

骨壷は軽かった。

死ねば骨と肉だけになり、焼けば骨だけになり、ギシギシギシギシと砕かれて粉になる。

骨壷は重かった。

                                 2006.3.9