パサージュ-56           2003.5.18

 

いつも寝る前に見ていた.

戸締りを確認するたびに見ていた.

青く丸く滲んだ点が揺れているのだ.

それはゆっくりと揺れていた.

そしてやっと昨日,そういえばこれはおかしい.真夜中の3時過ぎにあの光はいったい何なんだ.しかもあの場所は確かに林で,家はなかったはずだ.と気付いたのだ.

 

ぼくは改めてじっくりとその青くにじむ点を見てみる.

左右に動く速度は一定で,振り子のようにやや曲線を描いている.あの大きさからみて,決して小さくはない.

あの林までは2Kmはまちがいなくある.1km4分のペースで走って10分近くかかる所なのだ.であれば点とはいえ,直径1m近くはあると思うのだ.

1mの丸い光る物体.

いったいそれは何なんだ?考えてみればこれはどう考えてもおかしい.

 

だが冷静に考えてみれば,この青い点はたぶん半年以上前から,あったのだ.にもかかわらず何の問題にもなっていないという事は,僕が知らないだけの別に何の問題にもならないごく普通の何かである可能性が高い.

まぁ,結局はそういうことなのだろう.

何だ,そういうことだったのか.で終わる何かなのだろう.

 

ぼくはとりあえず行ってみることにした.

5月だ.

だが真夜中は寒い.

青く滲む点は同じように光っている.

 

きっと近くに住む科学好きの中学生とか高校生が,木の上に何かの発光体を置き,それを光らせては遠く自分の部屋からそれを眺めて喜んでいるとか,あるいは近くの看板のネオンがあっちこっちに当たってここで反射しているとか,結局はそんな事なのだろう.

 

高さのそろった林は小さいが黒々と横たわり,すやすやと横たわる獣のようだ.ぼくはその背中をそっと撫でてみる.

 

月はなく,車も通らない.

この林の道をはさんだ反対側には車のスクラップ工場があり,10台ほど積み上げられている車が5,60mほど続く大きな直方体を作り,小さく区切られた幾つもの窓の向こうに星空が透けて見える.

 

月はないが星は良く見ればいっぱいにあった.

星に気付かなかったのは青い点をじっと見つめていたせいだったのだろう.見ているうちに星の数がどんどん増えていく.

ぼくは顔を振り上げ深呼吸をした.星の匂いがするような気がしたのだ.

 

顔を下ろすと青い点は緑に変わっている.

緑色に変わり,輝きやにじみは減り,すっと落ちついた深い輝きを見せている.

それは真っ直ぐに伸びた直径6,70cmほどの木の上で輝いていた.地上20mはあるだろう.

 

緑の光は思っていたほど大きくはない.

いやそれどころかかなり小さかった.それに左右にはもう揺れていない.

だがその光は深い海の底で,眠っている事も忘れてしまったまま波に撫でられながら静かに眠る真珠貝のように光っている.

ぼくは幹に抱きついた.

芋虫のように這い上がっていく.

3.40cmずつ這い上がっていく.

枝はほとんどない.あっても腰をかけてそこで休むほどではない.

汗が首筋を流れていく.

となりのスクラップの自動車のシルエットが下に見え始める.

半端な高さでない.

ざらざらとした幹の感触が気持ちいい.

弾力があるのだ.暖かい.

背中は夜気に冷たいが腹や腕の内側,一息ついた時に押し付ける頬は温かい.

着いた.

緑の石のネックレスが枝にかかっていた.

 

ぼくはそれを首にかけた.

深呼吸をした.

暖かく丸い柔らかな空気が体の中に下りていく.

内側からそっと体がふくらみ脈打ってくる.

 

しかしここまで上ってくるのにえらく疲れた.

腕も背中も腰も重い.えらく重い.

それに急に眠くなってきた.

このままここでうとうとでもすれば,まっさかさまだ.

この高さでは死んでしまうだろう.

ぼくは幹に両手両足を巻きつけ,とにかく眠る事だけは無いようにと思う.

ぼくは胸の緑の石を口に含み口の中で何度も回し,噛んだ.柔らかく硬く,冷たく暖かく,甘く酸っぱい.

眠い.まず夜明けまでここにいるのだ.そうすれば陽の光で何とかなる.だがまだ夜明けまでには時間があるはずだ.ぼくは腕時計をしていないのに気がついた.