パサージュ−51 今日の夕方6時,誕生日のプレゼントが宅配で来る. 開けたとたん爆発する. 今日中に開けなくてはならない。 そう連絡があった. 昨日の事だ. 妻も子もない. 恋人もいない. だから別に誰かに連絡をすることもなかった. そのまま寝た. 眠れた. 最後の夜だった. 別に何の夢も見ず,いつも通りに目が醒めた. いつも通りの朝だった. いつも通りに朝食を取り,会社には急に具合が悪くなったので,今日は休むと電話をした.20年勤めている会社だ.部下には報告は明日聞くからと言った.明日は,いない. 昼食もいつも通り,日曜日にする食事をした. 日曜の夜は少し金をかけ,自分で作る.その代わり昼は1週間に残ったものを整理する. 今日は木曜なので,残っていた野菜と肉を炒めてビールとともに食べた.量が少なかった. 夜の食事をどうするのか迷った. 食べたところで死ぬのだ. 酒でも飲もうと思ったがその時酔っているのはいやだった. 最後まで全てを見ていたい. 幾人も殺した. 脅しも盗みもした. 今回の仕事は死ぬことだ. 私がこの部屋で今日爆殺される事で何かの仕事が成就されるのだろう.仕事の内容は問うまい.今までもそうだった.これからもそうだ.ただこれからはない.今日が最後だ. 部屋を見渡す. いつも通りの場所にいつも通りのものがある. 例えば時計. テレビの上と,壁,玄関の3個所にある.秒針も合っている. 歯ブラシや髭剃り,皿やコップ,財布やネクタイ,スーツ,全てこの部屋の同じ場所に15年,ある. 誰か,会いたい人は? いなかった. それは確かに寂しかった. いや,いた. いたが,それはしょうがない事だった. 5時半. 日が暮れてきた.そろそろだ. 包みは普通に開けるのだ. 開けられるだろうか. 指がまず飛ぶ. 次に腕,いや顔面に来るだろう.目に突き刺さる.いやそんな暇はない.一気に首が飛ぶ.考えたり感じたりしている時間はないだろう. 開けた時に終わる. ピンポーン. いつも通りの音だ. のぞくと若い男が体からはみ出る四角い包みを持って立っている. 大きすぎるだろう.私は思わず笑った. ドアを開け包みを受け取った.包みは重かった.きれいな薔薇の花の絵が幾つも並んでいる. テーブルに置く. でかい. 一気だ. 手が痺れている. 腕が重い. 時限爆弾ではない.開けなければこのままなのだ. シーンと部屋が重い. テレビをつけた. アニメをやっている.戦いの場で画面が目まぐるしく変わって行く. 音が聞こえない. 少し深呼吸をした.音が戻ってくる.テレビを消した. またシーンと部屋が響き,耳が重くなる. 視線の端を何かが動いた. ベランダを黒い猫が歩いている. 目が光る.初めての猫だ. 目が合うと猫は歩みを止め中をのぞきこんだ. 私は猫に向かい歩き出すフリをした.猫は気にせず私を見続けている.大きな猫だ.背中の線が細長くきれいだ.尾がゆっくりと別の生き物のように揺れている.伸び,縮み,回る. 私は包みに手をつけた. 指先が震えている. 手を止め,私は勢いよく立ち上がり窓へ向かった. 猫は尾を上げ隣のベランダへと飛ぶ. 首だけこちらに向ける.そして遠ざかる.暗い闇の中に猫はすぐに溶けていった. 私はしばらくその跡を見つめた. 部屋に戻る. 息を吐いた. 吸った. 包みを開いた. ダンボールの箱. 開封する場所に大きな赤い矢印が描かれ,その横に笑い顔のキリンの絵がある.長い首が矢印と同じカーブを描いている. 私はその矢印に従った. 2001.9.8 |