パサージュ−49 走って30分の所にひまわり畑がある. くねくねした道を抜けると突然幾重にも重なる黄色い顔に取り囲まれる. 最初この道に入った時ぼくは思わず足を止めてしまった. 緑の茎.揺れる丸い葉. どのひまわりも僕の背を越えている. 風のある日だった.ゆっくりと左右に揺れる姿に僕の体も揺れた.心地良かった. 有名な所らしく,よく見るとあちこちにビデオやカメラ持った親子連れや若い男女がいた. 説明の看板によると300m×1kmとある. かなり広いのだ. 夏の終わりに一斉に刈られる. 黒く枯れたひまわりの群れを見たかったのだが,それは無理なのだ. 2時. 新月の夜. 僕は細身の長いナイフを持って走っている. 刺身包丁が欲しかった. 無かった. ナイフは腰に回る皮のサックに入っている.山林の枝を切るやつらしい.刃は30センチ近くある.柄は重く,振ると良い感じで手元に戻ってくる. ひまわりは夜も黄色く美しく夜風に揺れていた. 闇に黄色は溶ける事も滲むことも無い. ひまわりは黒い土の栄養を吸っている.その土は幾体もの子供達の死体の赤い血を吸い,少し掘ると土は赤黒く濡れている.その底で小さな頭蓋骨は目や鼻のくぼみに土をつめられ,押さえ込まれている. 僕はダッシュした. 腰の横に水平にナイフを出した. くっくっと軽い引っ掛かりが次々と手首に残る. 100mほど走り振り返った. 背のそろっていたひまわりが30cm幅だけ崩れた. 黄色い塊が縦に2段になった. かくんと膝の折れた人が何が起きたかまだわからないまま夜空を見上げている. 隣のひまわりに体を寄せている. 顔を地面に押し付けている. 真直ぐ短くなったままの茎で地面に立っている. 僕は同じ道をナイフを左手に持ち替え,戻った. 黄色い頭が今度は左右に不規則に倒れ込んでいく. 僕はひまわりの群れの中に突っ込んだ. 暗く静かな黄色い闇. しなやかな幾本もの茎に全身が押しかえされる. 小さな半径を描き.グルグルと回る.回りながら進む. ポトポトと花の落ちる音が続く. 立ち止まり左右に高くナイフを振り回した. 落ちるひまわりを1つ突き刺し夜空に投げ上げる. 月が昇る. 落ちてくるひまわりを半分に切った. 悲しい. 僕はライターを出した. 柔らかな緑の大きな葉に火をつける. あっという間に音を立て炎を上げた. ひまわりは土の水分を吸い体を冷まそうとする. だが吸い上げた水分に炎はさらに大きさを増し,高く伸びる. 炎は素早く周りのひまわりに移りその炎を合わせ,大きな炎となっていく. 離れたひまわりはぼっと音を立て燃え上がる. 炎を待っている.炎は飛んで移って行く. 美しく伸び上がる黄色い炎. 消さなくてはならない. 膨らんでいく炎,そしてすぐに黒く燃え尽き,はらりと地面に落ちひまわりは小さな黒い灰の山になる. 転々とその小さな山が連なる. 消さなくてはならない. 僕はナイフを持って炎の中に突っ込んだ 服が燃え上がり,皮膚が焼け始めた.嫌な臭い. 呼吸が熱い. 苦しい. 炎はひまわりを焼くと灰を残し奥へと移動していく. 僕は炎を追いかける.左眼が溶けた.見えない. 息ができない. 白い煙に包まれる. ぶすぶすと体が音を立てる. 僕の体は燃え上がることもせず,僕は黒く炭化した塊となって地面を這っていく. 僕は手を伸ばし黄色い炎を追った. 炎は小さな灰の山を残して遠ざかって行く. 遠くのひまわりはまだのんびりと風に揺れている. 消さなくては. 炭化した体にひびが入る. 2001.8.31 |