パサージュ−38 真っ青な大きなアジサイ。 それが幾つも風に揺れ,梅雨の合間の青い空と呼応している。 ゆっくりと葉が揺れる。 と,風のリズムとは別に緑の葉の間から小さな二つの柔らかな輪郭が動いた。 「レイ,ショウ! 出てきなさい。ご飯だよ。こらこら,早くこっちに来なさい。」 3才の双子のレイとショウはアジサイの花の中をグルグルと回るのが好きだ。花から出ては花の後ろに戻り,また花の間から顔を出す。 手をつないで2人で花の中を回るのだ。 こんもりと膨らむアジサイの花の中を何回もあきずに回る。 こちらが花の中から出てくる二人に笑いかけようものなら,2人はキャッキャ叫びながら花の中をいつまでも回り続けるのだ。いつまでもいつまでもだ。 こんなに可愛い天使のような子供が授かるとは思っていなかった。 「レイ,ショウ,ご飯だよ。いらっしゃい」 ぼくは手に最後の力を込めた。 君の手はぐったりしている。握り返す事ができない。冷たい手。 その時真っ暗なトンネルの向こうに,小さな白い点が光った。 ぼくは息を飲んだ。 ぼくはもう一度力を込めた。君はかすかに手を握り返した。 今度こそ地上へ。 ぼくたちは逃げていた。逃げ続けてきた。 みんなぼくたちをなぐった。ぼくたちを蹴った。 どこへ行っても,ぼくたちは殴られ蹴られつばを吐きかけられた。 辱めのため二人の肩には三日月の刻印が押された。 ぼくたちは地の底に潜った。 地の底でもぼくたちは追われた。 ぼくたちは逃げた。必死で逃げた。手を離さず,逃げ続けた。 ぼくたちの体の形は変わった。一日一日崩れていった。どろどろの体。 耐えられず大声で2人泣いた。泣きながら逃げた,手をつないで。 食べる物は無く,土を食い,虫の死骸を食い,土に染みる水を吸った。 君の黒い髪は白く,柔らかな頬は硬く,暖かな体は冷たく,ふっくらとした唇は干乾び,弾んだ心は死んだ。 はるか遠くに緑の葉のそよぎを見た。 太陽の日の光が狂ったように飛び回っている。 耳を塞ぎたくなるような大きな光の笑い声。 体が柔らかく溶けていく。 走り出したくなるのを押さえる。君の足はなえている。 一緒に見るのだ。歩調を合わせる。呼吸を合わせる。 君にあの光を見せたい。君にあの光の暖かさを感じさせたい。 君の目が笑うのを見たい。白い歯がこぼれるのをもう一度見たい。どれほど,どれほど,夢見たか。 君の体が柔らかなあの光に包まれることをぼくがどれだけ,どれだけ,どれだけ,どれだけ願ったか。 「ほらぁ,ご飯だよ。二人とも出ておいで。」 真っ青なアジサイの花の間から,二人の子供が手をつなぎ合って出て来た。 「ほら,ご飯だよ。おいで。」 小さな双子はしっかりと手をつないでいる。 二人の肩には三日月がある。
2001.7.19 |