パサージュ−37 会社の健康診断で,二次診断を言われた。肺のレントゲンに異常があるらしい。 めんどくさかったが気にはなるので何とか時間を取り都内の病院まで行った。 病院は駅から歩いて15分ほどで,そこへ行くまでには繁華街が広がり,飲み屋や風俗,映画館やバッティングセンタ−,ビデオ屋,ホストクラブと色々あり,しかもまだ10時を少し過ぎたばかりだというのに,店は開いていて客も入っていく。 時間がなかった。 午前中にレントゲンを取り,午後に結果が出る。しかし3時に会社に戻らなければならなかったので,バタバタしなくてはならない。もっとも12時から1時までは待つしかなく,その間はのんびりと飯でも食っているしかなかった。 吉野家で牛丼を食った後通りをぶらつくことにした。 2,30メートルの列を作り韓国人か中国人か賑やかに通りを過ぎていく。 小さな路地が右に伸び,ぼくは右に折れた。 飲み屋がずっと続く。まだ開いていない。あと30m程で通りに出る。丁度中程でそれまで路地に順序よく並んでいた飲み屋の看板がふいっと途切れ,変わりに古びた横2mほどの看板が頭の上に見えた。店の名前は漢字4字だがくすみ剥げていて読めない。ぼくは立ち止まり少し下がり全体を見ようとしたが,その時ガラガラと戸が開き店主らしき男が顔を出しのれんを出した。のれんにも同じ文字があったが男がどうぞといったので読まないまま店に入ってしまった。 店は骨董品屋のようにも,ディスカウントショップにも見えた。 かばん,カセットデッキ,鏡,テレビ,テーブル,ギター,ノートパソコン,時計,本棚,鉄アレイ,その他,たいがいの物はある。 しかし値札が無い。 奥に小さなコーナーがあった。アダルトでもあるかと思いそこに入った。 2m四方のスペースに天井まで棚が幾段も横に並びそこに雑多に物が置かれている。とりあえず見てみることにする。 古ぼけた骸骨のおもちゃ,5本の緑の木,白いスイミングキャップ,小さな黄色の椅子,かまきりとバッタの置物,手をつなぐ子供達,騎手のいない馬,咲くひまわり,クラゲ,凍りついた猫,胎児のなる木,ヘリコプター,枝にとまる干乾びた鳥,宙に伸びる階段, 奇妙な苛立ちと安堵感。 取り返すことのできない時間。 間違った選択とその結果の今。 「売れませんね。」 店主の声に振り返った。 そうだ,ぼくはこの品物を何かと引き換えにここに置いた。 「まぁ、そのうち酔狂な人が一つぐらい買っていくでしょう。 いるんですよ、そういう人はね。」 店主はにこにこしながら言った。愛想のいい男なのだ。前もそう思った。 「また何か持ってきましたか。」 ぼくは肩にかけているバックに気付いた。 バックの底に何か小さな固いものがいくつがあるようだ。 ぼくはそれを男に渡すのだろう。 その時ぼくは何かを男からもらっている。 それがなんだったのか思い出せない。 ぼくは売りたいからここに置かせてもらっている。 だが男からは報酬として何かをもらっているのだ。 売れる売れないに関わらず。 店主はぼくの持ってくるものを必要としていた。 ぼくは何と引き換えにこの品物を店主に渡しているのだろう。 思い出せない。 だがぼくにもそれが必要なのだろう。 いや必要なのだろうか。 どちらにしてもそれが何なのかすぐに分かる。 ぼくは肩にかけたバックを下ろして中に手を入れた。 かさかさとした固いものの中の最初に手に触れたものをつかんだ。 軽いめまいがする。 |