パサージュ−32 一番最初、ぼくは小さな魚だった。 強い川の流れに岩の陰にいつも身を置いていた。 一日じっと川の流れを堪えていた。 透明な紫のクラゲとすれちがった。追いかけようとして、やめた。 流れが怖かった。 一生が終わった。 その次、小さな硬い殻を持ち海の底を這う、海老のような生き物だった。 海の底は硬かった。 いつも硬かった。 硬い底をいつもぼくは掻いていた。 頭の上を何かが通り過ぎていった。首が硬く振り返れなかった。 別の大きな青い魚に呑み込まれた。カシャっという音が聞こえた。 陸に上がった。 太陽は眩し過ぎ、体がスカスカして草の中に体を押し付けに入った。 草の汁の緑が黒い体に、ついた。ぼくはカブトムシのような虫だった。 木の幹を這った。木の汁を吸った。いい匂いがした。 長い雨が降り、火山が爆発した。 小さな虫が横を通っていく。 ぼくはじっと見ていた。長い触角を伸ばし触れようとして、届かなかった。 木の枝で死んだ。風でポトリと地面に落ちた。 仰向けのまま何年も過ぎた。 草だった。 硬い葉で地面に伏せていた。 すぐ隣には細い花が芽を出した。 あっという間に伸びていく。 黄色い花が開いていく。ゆっくりと開いていく。 ぼくは手を伸ばそうとするが、硬い葉は地面をするだけだ。 ぼくは見上げる。 でも長い間じっと見る事ができた。 見る事ができた。 人間になった。 田を耕した。土は硬かった。 日々はつらく、耐えた。 いもを売り、物を運んだ。 綺麗なかんざしがほしかった。付けてやりたかった。 夜、連れられて盗みに入り、捕まって首を切られた。 切られる時目の前を黄色い小さな蝶が横切った。 きれいだった。 また人間になった。 2001.6.16 |