パサージュ- 30

 

君はいきなり階段を上り振り返ると、持っていたハンカチを振った.

ハンカチといっしょに笑顔が揺れる.

青い空を後ろに白い歯が大きい.

僕は輝く君をまぶしく見上げる.

君が空から降りてくる.

輝きながら落ちてくる.

伸ばしだしそうな手を押さえる.叫びだしたい気持ちを押さえる.

出そうになる涙を止める.立ち上がりたい足を踏ん張る.

僕は地面に埋め込まれていく.

自分の気持ちを黒く埋め込んでいく.

ひび割れ、引き裂かれ、音を立て、弾け散る.

このまま、この時だけでいいからと祈りたい気持ちを引き剥がし、でも君を目に焼き付けようと両手で顔を隠し見つめる.

 

真っ暗な廊下.

一人の少年が一瞬の看守の隙をつき駈け抜けて行く.

暗い細い廊下を駆け抜けて行く.

すぐに非常ベルが鳴り響く.

ライトが一斉につく。

 

しかし少年は逃げおおせるのだ.

この細い廊下を抜けドアを破り月夜の通りへ飛びで、高い塀を一気に駆け上る.

 

少年は塀から高々と身を翻し、硬い土に体を打ちつけ転がり、血を流しながら、夜明け前の暗い森を抜け朝日を目指して走る.

 

少年は知っている.

陽光に目を細め泣き出してしまう自分自身を.

 

 

                                                             2001.6.8