パサージュ-28

 

よく晴れた日だった。

土曜日。

月曜日からずっと雨や曇りだった。

 

広場はもう人で一杯だった。

子供も大人も男も女も、老人も金持ちも貧乏人も、みんな広場に集まっていた。

知った顔もたくさんいた。

広場は中央の縦10メートル横10メートルの空間を残して人で一杯だった。

その空間を4人の兵士が守っている。

正方形の頂点に4人の兵士が立っている.銃を肩に置き真っ直ぐに立っている。

表情が無い。しかし周囲をしっかりと見つめ、威圧感がある。だれもその空間に入り込めないし大声を上げることもできない。

ぼくは彼らがかっこいいと思った。

 

父さんは今日は家を出てはいけないと言った。

家で宿題を終えるように言った。でもそれはできなかった。

 

静かだった。それはそうだ。これから人が一人死ぬ。しかも刀で首を切られるのだ。

 

12時。

ひょろっとした髪の赤い背の高い男がひっぱられてきた。

細い足、足にも赤い毛が生えている。

兵士に引っ張られはしているが、足元は確かだ。

歓声が上がる。

ぼくはいやな気持ちになる。

 

空間の中央には少し土が盛られて高くなっている。

 

そこにレッドが座らされた。

レッドはぼくにカブトムシの雄と雌の区別を教えてくれた。1ヶ月前のことだ。

 

父さんが人の群れの中から出てきた。

長い刀を持っている。見たことの無い刀だ。

レッドは正座をしている。

いい天気だ。空が青い。

 

レッドはよく空を見上げいい雲だと雲を見つめては、あれは、バード、あれはホース、あれはエレファント、あれはクロコダイル、と僕に言った。ぼくはそれを鳥、馬、象、ワニと教えた。レッドもぼくも覚えておくと言い合った。

 

レッドの後ろに父さんが立った。

鞘から刀を抜いた。

刀がきらりと光った。僕はびっくりした.

 

レッドは後ろ手に縛られた手を動かした。父さんが上げようとした手を止めた。

レッドが何かを言った。

聞こえなかった。

父さんが横にいた兵士に何か言った。

若い兵士はレッドの目隠しを取った。

 

レッドは正面を向いたままだった。

 

レッドと父さんは3回ぼくとと共に食事をしていた。

ぼくも、レッドも、父さんも、いつも、言葉は少なかったけど、何も、話さない事もあったけど、とても楽しかった。

 

父さんが刀を振り上げた。

レッドは背筋を伸ばした。

刀が上がって、すっと降りた。

 

レッドの首が落ちた。

血が高く上がった。

二呼吸、三呼吸、血が吹き上がった。

体は真っ直ぐに立ったままだった。

レッドの横顔がころがっている。

微笑んでいた。

父さんがレッドの背中をそっと押した。

レッドの上半身がゆっくりと前に倒れる。

 

セミが鳴いていた。

血が土に黒く広がっていった。

遠くで雷が鳴った。

 

父さんは振り下ろした刀を,そのままにしていた.

でもすぐに体を元に戻した.

刀を鞘に入れ礼をした.

顔が少し歪んでいた.

 

 

僕はその夜ベッドで何回も覚えたてのオナニーをした.

レッドの顔を思い出しながら.吹き上げる血を思い出しながら.

 

でもそれは違った.違うのだ.何がどう違うのは分からない.

僕は分からなかった.

 

レッドも父さんも分からなかった.

 

ただ忘れてはならないと幾度も思い続けていた.

幾度も思い続けていた.