パサージュ−27

 

青緑色の雲をわり、分厚く丸い鉄板が降りてきた。

頭の中を轟音がかき回す。

真夜中。

武装ヘリコプターだ。

巨大な頭と小さなお尻の赤いライトに白い星が浮かび上がる。

大きい。

 

ぼくたちは細い溝の冷たい土に頬を当て空を見上げる。

タンタンタンと機関銃が響く。ヒュンと目の前を幾つもの音が通った。何人かの子のヒクっと言う声が聞こえる。

 

音楽の先生は細い顎をヘリコプターに向け、わずかに口を開けている。

 

いつか放課後、置き忘れたノートを取りに行った時、開け放した窓の緑の木々の葉をバックに先生は目を閉じうっとりとピアノを弾いていた。ぼくはわずかに開いた戸からじっと揺れる長い髪を見つめていた。窓がやがて夕日に赤く染まっていった。白く小さく並ぶ歯が赤く映る。

 

 

 

泥に汚れた先生の頬はしかし今はぼくたちを襲う殺人ヘリを見上げ上気している。

きれいだ。先生の目がうっとりとしている。きれいだ。こんなにきれいな先生をぼくは初めて見た。

 

空からは2機目、3機目、5機、10機と続く。

空が低くなり、体が押しつぶされ、知らないうちにぼくはあぁあぁあぁあぁあぁあ~~~と低い声で叫んでいる。

去年この広場でぼくらは軍服を着て演奏をした。どの楽器にも赤い房をつけ、それが風に時々ふっと揺れた。ぼくはことさらに房を揺らしトランペットを空に向けて吹いた。

 

ヘリコプターから兵士達が次々と降りていく。

思ったより小さな機関銃を胸に抱いて四方に散っていく。

ぼくのいる塹壕の端にその機関銃が向けられ小さく円が描かれた。

1年生の子達がくるっと仰向けに跳ねた。

兵士は位置を変えるとまた小さく円を描いた。

少しずつぼく達の方へと近づいてくる。

音楽の先生は大きく目を見開き両手で頬を押さえている。

何人もの子供たちが、野球をした友達や、遠足に行った友達、演奏仲間、クラスメイト、家が近くの子,みんなぴくっと跳ね死んでいく。

 

近くの大きな木に別の兵士が登り黒く太いコードを枝に巻き始めた。

その木へは走る調子と同じ調子で駆け上って行った。地面を走っていたと思ったらそのまま垂直に体が上がり、下から3番目の大きな枝に腰をかけていた。

肩に巻いた長いコードを下ろし、枝に巻きつけ、何かの金属で止め始めた。

 

ぼくは握り締めていた銃をあげた。

塹壕から腕を伸ばした。

なんて細い腕だ。

立ち上がった。

左手で右腕のひじを支えた。

20メートルはあるだろう。

ぼくは深呼吸をした。

腕を伸ばした。

兵士が引っかかったコードを体を伸ばして払おうとしている。1本の枝のように見える。

ぼくは引き金を引いた。

手の中で小さく銃が跳ねた。

兵士の体が伸びたまま動かなくなった。

枝に顔がのっている。

 

さっきから塹壕を撃ち降ろしていた兵士がぼくたちの真上に来た。

先生が両手を兵士に伸ばした。

黒く塗った顔に小さな優しそうな目が見える。

ぼくは先生を撃った。

こめかみに当てた。

 

熱い。

                                                                      2001.5.28