パサージュ−25 自転車を買いにいこう。 昔、ママが押さえてくれた 遠い後ろの声に手がぐらついたけど ぼくの体は真っ直ぐに地上に立ち、足は宙に浮き、膝の重みに風景が開く。 木々の黒い幹のうろとベンチの白い背もたれが、風に揺れる池の緑の波と膨らむ入道雲が、しかしバラバラに飛び出、ぼくに向かってくる。 汗に光る額をぼくは風景の中に押し込んでいく。 葉が光る。 光る葉が次々と増殖し、ぼくは見開いた目の中に、きらきらと輝く葉を飲み込んでいく。 両腕と両足でひんやりと自転車を抱きしめる。 筋肉が膨れ上がっていく。心臓が歓声を上げ始める。 ママ、あの時押さえてくれてありがとう、あの時押し出してくれて、ありがとう。 あの自転車はもうないけど 今夜夜道を歩いて新しい自転車を買いに行こう。 |