パサージュ−14

 いたくない。ぼんやりして気持ちいい。

波の音?

大きくなったり、小さくなったり。

きらきらしているのは太陽?

  

竜はむごい。左腕を食べて、右腕。右足の次が、左足?

時々息をするのを忘れる。

ひくひくって体がはねて、その時痛みがあって、まだ生きてるのだと思う。

もういい。いたいから、もういい。

早く、死にたい。はやく。

 

 その村には生贄の一族があった。村に大きな災いがあった時、その中の一人が生贄となる。どうにもならない飢饉、天災が続いた時、村の占い師が一族の名を口にする。人々は安堵する。翌年、稲が実った。

 一族は村のはずれに住んだ。村の人々とは暮らせなかった。田を耕すことはできず、牛や馬や犬猫の死体の処理、汚物の始末を行った。新しい着物を着ることはできず、食べ物は落ちているもの、捨てられている物しか、顔を洗うこともできず、彼らはいつも臭く、真っ黒で、ボロボロの着物を着、痩せて俯き、ふらふらしていた。子供は石を投げ、唾を吐きかけ、突き倒し、大人は女であれば犯し、男であれば狂ったように殴り、蹴り続けた。

彼らはいつも静かに笑った。

腕や足は曲がり、血がいつも黒くこびりついていた。

 

 

  あの人は笑った。悲しげに笑いうなづいた。うれしいうれしいうれしい

 

 

 少女が生まれた時、父親が生贄となり丘の祭壇に登った。

村は救われた。

 少女が12になったとき、母親が生贄となり丘の祭壇に登った。

村は救われた。

兄弟はいず、少女の住む洞穴に両足の萎えた狂った男が放り込まれた。翌年子が生まれた。村人は赤ん坊の食べ物を放り込んだ。

 

 

  大きくなって。大きくなって。

  死ねば、村が救われる。おとうも、おかあも、いねをみのらせた。

  あたしもきっと。

  でも、あの子は、あの人、が育てて、くれれば。

 

 また飢饉が続いた。地震が続き、戦いが続き、何人も死んだ。少女が祭壇に登った。

 

  いたいいたい。早く、死にたい。でもちゃんと食べられないと。

  あのこも、大きくなって、みんなのために。しぬこと。

  あのひとは、わらった。かなしげに、わらった。わたし、のこと、わかった。わたしの、いちぞくの、ことを。そだてて。おしえて。しぬこと。みんなの、ために、しぬこと。

 

  なみの、おと。きの、におい。

  ひかり、かぜ。

  みどり。

  あお。

 

 

 

 祭壇の血だまりの中、小さくなった左足だけの微笑む少女。

 

 

  

洞窟の陽だまりの中、静かな表情の両足の萎えた男のひざの上、すやすやと子供が眠る。