パサージュ−12 寒さに目が覚め窓から見た雪で、男はこの雪が永遠に続く雪であることがわかった。 街は死んでいる。 いつも通りに食事をした。いつも通りに胃腸薬を飲み、その苦さもいつも通りだった。腹の調子が悪いのもいつも通りで、うんざりしながら薬を見つめるのも、いつも通りだった。 風に舞い上がり互いに交錯しあい、雪はなかなか地面に降りようとしない。 男は外へ出た。 2匹の猫が、塀から暖かな部屋へと向かう小さな前足を並べたまま凍りつき、死んでいる。 街は眩しく白く、オレンジ色の街灯はじゅっと音を立て一つずつ消えていく。 スリップし正面衝突した2台の車は炎を凍らせたまま大破し、男たちを眠らせている。 噛み締められた少女の白い奥歯の寝顔、振り上げた手の先の、目を固く閉じる少女の小さな頑ななあご、細く流れる一筋の涙の少年の引きつった頬、巣を飛び出そうした鳥のその最初の羽ばたき、吹いて来た風に揺れようとした小枝、予期せぬ言葉に冷たい息を吸い込み小さく引きつった喉、待ちかねた飼い主の足音にぴんと立てた子犬の耳。 雪は全てを眠らせる。 この星は自分が終わったことも知らないまま終わった。雪はこれから5000年降りつづける。 男は海岸に出る。 海の波に雪がかぶさり、白い波の山脈ができ、やがて内側から重い青が鈍く外へと光り出す。 鈍い青は幾本もの巨人の手のひらとなり、雪の向こうの漆黒の空をつかもうと伸び上がる。 男は浜辺を蹴る。 すうっと体が浮き上がり真っ直ぐに雪の中を上昇していく。地上300メートルほどで体は水平になり、男は内陸へと向かう。 工場が見え、2本のレールが見え、街が見え、ビルが見え、森が見え、山が見え、川が見え、畑が、細い道が見える。 これから5000年の間、男はこの惑星を見続ける。 白く覆われ、青く光る星を見続ける。そして5000年後雪がやみ男は死に、生まれ変わった時男は自分の見た光景を思い出し、誰かに伝えるはずだ。 一瞬男の高度が下がる。背中に積もる雪が重かったのだろうか。 男は静かに飛びつづける。男は静かに飛びつづける。男は静かに飛びつづける。 |