パサージュ−11

 舗装道路は消え、ごつごつした岩を避けながら、山道を登っている。

いつの間にこんなに急になったのか、ハンドルは左右に揺れ、前かがみなり、息苦しい。

 サイクリングどころではない。周りには樹齢何百年の太く高い木々が蔦を絡ませ、巨大な海藻のように闇の中、ゆらゆら揺れている。

低い鳥の声があちこちから聞こえそれも同じ所からは長くは聞こえず、自転車の周りを回っているようだ。自転車のライトはほんの1,2m先を照らすだけだ。

 体が冷たい。

濡れた服はべったりと体に張り付き、冷気をため徐々に体の中へと浸入しその浸入の仕方には悪意が感じられ、このまま夜は続き、森は不気味な口を開け、やがては白骨化した自転車乗りが木の幹を背に立ち続けることになるのだ。

 霧の粒子が互いに絡み合いその粒を大きくし、小さくうねりながら溶け、粘着層を作り上げ、次第にそれが厚みを帯び、宙を漂う。宙を舞うくらげ。

くらげたちはぼくの顔の額や目や鼻や口の突起に沿い、体を押し付けてくる。

首を振ると簡単にくらげたちは落ち、地面につく前に他のくらげと合体し体を大きくし上昇する。

くらげたちに意志はない。

じっと耳を澄ましてみても何も聞こえない。ただ顔を覆われる時、呼吸が苦しくなり、一瞬白骨の自分自身を目の前に見せられることになるだけだ。

 

苦しい。

ペダルは重くなり前輪は左右に揺れ、開いた口にくらげは入り込み、舌をからめとろうとする。ぬっとそれは温かく、路上の振動と共にぬめぬめとした舌触りが細かく動き、ぼくはさらに口を開け、目を閉じそうになる。

不意にくらげはぼくの舌から離れ喉からすべり落ち食道を直下した。

胃袋に落ちたくらげは膨張し内側からぼくを包み込んだ。痛くもなく痒くもなく、ぼくはほの少し前と同様自転車をこいでいる。前方からやって来た、また大きくなったくらげに包み込まれ、口から侵入され、内側から包み込まれる。

内側と外側からぼくは幾度となく浸入を受ける。

 

 自転車についているバックミラーの中に手を振るぼくが映っている。

ぼくは白骨にもなれない。