パサージュ-78 田舎だからちょっといつものコースを外れ、林の中に入り、細い道に沿って10分ほど走りそして出ると、全く知らない光景が目の前に広がる。 今日もそうだった。 細い林の中の道を抜けるとさっと左右に道が開け、小さな踏切が見えた。 耕運機と幅1,5m以内の自動車しか通れないと表示が見える。 ほんとに小さな踏切なのだ。 しかし1,5m以内の自動車というのはあるのだろうか。 無くもないのだろうが、それにしても小さな踏切だ。 いきなりカンカンカンと音が鳴った。 そしてゆっくりと右と左から遮断機が下りてくる。 待つ人はいない。 だがしっかりと遮断機は下り、小さな踏切をしっかりと守っている。 ぼくは待った。 踏み切りは小さいが通る電車はいつもの外房線だ。 昔の横須賀線。 そういっていいのだろう。 今はペンキ節約なのか横須賀線はクリーム色と青はラインでしか車体に記されていない。 フルカラーは外房線や内房線でしか見られない。 だが電車はこない。 カンカンカンとなっているが、電車はこない。 ぼくは線路の先を見た。右を見、左を見た。 遠く線路だけが続いている。 頭の上のカンカンカンは続いている。 やんだ。 遮断機が上がる。 ぼくは風を感じただろうか。 電車の通り過ぎる風を感じただろう。 音は。 ゴーという音をぼくは聞いただろうか。 ぼくは屈伸運動をした。 アキレス腱を伸ばしてみた。 前屈をし、首を回した。 またカンカンカンとなった。 何か高らかにという感じでその場に響き渡っている。 そして当たり前のように、それが絶対に正しく、太陽が動かず、その周りを地球がゆっくり回っていくその確かさよりさらに確かであると言わんばかりに遮断機がゆっくりと今度はえらくゆっくりと下りてきた。 ぼくはその前に向こう側につきたかった。 ここでこの遮断機が下りてしまったら永遠に向こう側には行きつけないと思った。 ゆっくりと遮断機が下りてくる。 ぼくは体を低くして踏切を突っ切ろうとした。 渡らねば。 その時、遠くから電車の音が聞こえた。 これは本物なのだろう。大きな外房線がやってくるのだろう。 ぼくは右を見た。千葉方面だ。 だがどこまでも線路は細く続いている。それだけだ。 左を見る。 大網、茂原方面だ。 何も見えない。 線路に垂れ下がる緑の木々。 だが確かに電車の走り響き渡る音が聞こえる。 のんびりとした音ではない。 狂ったように走る音だ。 レールと車輪とがきしむ音が響き渡る。 早く渡らなければならない。 遮断機はもうすっかり下りようとしている。 ぼくは渡るのをやめた。 立ちすくむぼくを風が後ろに押した。 遮断機が上がる。 ぼくは向こうにいけない。 ぼくは永遠に向こうにはいけないのだ。 小さな小さな踏切の前でぼくは屈伸運動をする。 何回もする。 ぼくの足元をアリが列を作って歩いていく。 アリはきっと踏み切りを渡るのだ。 ぼくは屈伸運動をしている。 きっとまたカンカンカンと踏み切りはなるのだろう。 そしてぼくはいつまでも屈伸運動を続けるのだ。 2007.9.6 |