青い金魚,そしてくり抜かれた体.−8

 

ぼくは最初不思議だった。ぼくの人気や人望はぼくが必死になって勝ち取ったものだ。

話を合わせるために、ぼくは見たくもないテレビをつけ、聞きたくもない音楽を聞きながら、読みたくもないマンガや本に目を通し、やりたくもない受験組のやるむずかしい計算を毎日やった。すでに慣れていたので辛くはなかったし、こんな事に興味を持つ友達を馬鹿にする喜びもあり、それらはぼくの毎日の宿題の一つになっていたが、くだらなかった。

でもくだらなくはあっても、そんな自分をくだらなく思うこともなくなっていた。それをやっているのは自分ではなかった。そんな気がしだしていたからだ。自動的に母親や友達と合わせている自分、それを見ている自分、くだらないことをしているのはぼくではなかった。本当のぼくは後ろで腰をおろし、じっとぼくやみんなを見ているだけだった。だが幸一は違った。

好きなことをやり、人の思惑など気にせず、自由気ままだった。そしてみんなに好かれ、軽くも見られなかった。

 

       *                *                 *

 

 そのころぼくはよくこんな夢を見た。

ぼくは犬を連れて公園を歩いている。朝の散歩だ。犬の名前はルー。

中央に野球のグランドがあり、その周囲に2キロほどのランニングコースある。そのコースをぼくはルーを連れて歩いている。すれ違う人たちともぼくは明るく挨拶をする。

ルーはぐいぐいと先へと進んでいきぼくはそれがうれしい。

こらこらルー、もっとゆっくり。

呼びかけた声にルーが振り返った。ルーの顔が透き通っている。眼のくぼみの向こうに首筋が見え、肩が見え、背中が見え、足元のコンクリートが見えた。ぼくはルーになり、ぼくを振り返った。ぼくの体は中がくるりとくり抜かれ、うれしそうにぼくを見ていた。体の輪郭の厚みだけが線となり宙に浮かんでいる。ぼくをつないでいる綱のほうがくっきりと力強い。ルーがまた先へ先へと歩き始めた。綱がぴんと張る。揺れる尻尾が消えていく。

ぼくはくりぬかれた体の中から透明なルーを見、ルーになったぼくは薄くなるぼくの輪郭を確かめながら朝の散歩を楽しむ。体の重さが消える。呼吸の仕方がわからない。ぼくはここにいるのだろうか?公園の隣りは学校だ。くり抜かれたぼくは教室で授業を受けている。

窓の外でパレードが始まった。何人かの友達がそれを見に教室を抜けた。

窓の外で誰かの演説が始まった。何人かの友達がそれを聞きに教室を抜けた。

窓の外で太陽が輝き、雲が流れ、風が音を立てた。何人かの友達がそれを感じに教室を抜けた。

ぼくは教室で教科書を開き先生の声を聞いた。ノートにしっかり板書を写した。間違いは消しゴムできれいに消した。消しゴムのかすも隅に集めた。

先生も教室を抜けた。

ぼくは黒板を見つめる。何回も見ていたので全部暗記している。教室には誰もいない。窓の外はいつも動いていて、教室では何も動いていなかった。

誰もいない。ぼくの前にも後にも右にも左にも誰もいない。誰もいない。でもここにぼくはいなければならない。ぼくはここにいるようにと言われたのだから。くり抜かれたぼく。

ぼくはニコニコと教室に一人座る。言われた通り教室にいる。僕は僕の体を見る。細くふにゃふにゃした体の輪郭が薄く消えようとし、ぼくはそれを見る。かなしい……こわい……?ぼくは笑う。ニコニコと笑う。ぼくは驚いてくり抜かれた空っぽの体を何度も見直す。何度も見直す。ぼくは驚いてくり抜かれた空っぽの体を何度も見直す。息の仕方がわからない。