青い金魚,そしてくり抜かれた体. −7

 

幸一がぼくの横をぼくと同じように歩いていた。

次第にぼくの先を歩くようになり、時々振り返ると雲や空や花や蝶やせみを指差し、にっこり笑うとまたぼくの先に立ち歩いて行った。くねくねとした歩き方が消え、背骨がまっすぐになり、幸一の体の輪郭がしっかりとしたようにぼくには思えた。実際はぼくと身長はほとんど同じだったが、なんだかぼくより大きく感じた。大人になった?ぼくは何となくそう感じた。

 

もともと幸一は頭は良く、ただテストでは時間内に答えられず点にならなかったり、宿題も気に入ったものしかやらなかったり、手も挙げず、授業中はいつもぼんやりしていたから先生からも半ばほっておかれ、クラスの頭の良い連中の中には入ってはいなかったが、生物や宇宙、歴史やむずかしい小説も読んでいて、友達からは一目置かれていた。

そして秋も深まってきたころ、幸一は授業は授業で聞き、宿題は宿題でやり、手も挙げるようになり、つまり当たり前のことは当たり前にやるようになったのだ。

最初みんなそんな幸一にことさらお〜〜と声を上げ驚いたが、すぐにそれが当たり前のことに思え、幸一は学校の勉強もでき、自分の興味や関心のある分野を自分で勉強できる力も持ち、それを自分の口で話す事のできるやつ、個性のあるやつ、というポジションをクラス内で得た。

しかも幸一は低学年のころの人懐っこい、どこか弱々しげで、恥ずかしげな笑いはそのままにしていたので、クラスでも人気者になリ始めていた。

 

 

ぼくは相変わらず友達とも母親とも先生とも、望まれている言葉やしぐさや表情を演じ続け、うまくやっていた。

もちろん6年にもなるとただ望んでいるものだけを彼らに返していても軽く見られるだけなので、彼らの知っている事の延長上にある彼らの知らない知識や情報を彼らにそれとなく示し、さすがだなと思わせるようにした。テストも手を挙げることも友達とバカやるのもぼくには何か仕事のように思えたが、だからこそ必要なことと思えた。実際ぼくは受験はしなかったが受験組と同等の力を持っていたし、人気も人望も先生や親からの信頼もあった。

ぼくはやがてぼくの演技がぼくの思いとは別に自動的になってきているのに気づいた。

ぼくはぼくの言葉や仕草を、後からじっと見てればよかった。

 6年の秋それが崩れたのだ。

 

幸一は前と同じようにニコニコしながら全てを的確にやり始めていた。何のいやみもなかった。そして幸一はぼくのように演じてはいなかった。彼は自分の好きなようにやっていた。それがみんなからも認められていた。

受験組が互いに出し合い、手に余る問題を誰かが冗談に幸一に渡した事があった。

幸一はニコニコ笑いながら首をゆっくり小さく振り、じっと問題を見つめていた。

いかにも楽しげに見えた。みんなそんな幸一をじっと待った。

5分、10分待つのも退屈ではなかった。幸一はいかにも楽しげだった。そんな幸一を見るのはどこか楽しかったのだ。

そしていつも幸一は問題を解いた。参考書にもない彼だけの方法で解いた。

幸一は大きく深呼吸しながら背筋を伸ばし、にっこりと笑った。幸一のそのときの顔は、ぼくに昔見た体をくねくねさせながら蝶を追いかけていた時のうっとりとした幸一の顔を思い出させた。