青い金魚,そしてくり抜かれた体. −5

 

ぼくは母さんの言うことを守った。母さんは約束を守る、友達と仲良くする、ウソはつかない、あきらめない、といつもぼくに言った。ぼくをじっと見つめながら言った。母さんの目の中にぼくがいた。それを初めて発見したとき、ぼくはぼくがとても小さいのだと思った。

ぼくが覚えている一番古い夢は母さんの夢だった。母さんの後姿を今もはっきりと覚えている。

 

 

海だった。波の音がまわりに渦巻いている。

小さなぼくは寄せては帰る波のはしっこを追いかけては足で踏んづけて遊んでいた。

ふと、帰っていく波を目で追いかけた。

突然それまで気がつかなかった水平線が目の前に広がった。

白い5羽の鳥がみるみる小さくなり、海と空の間に消えていく。

ぼくは海へ飛び込んでいった。柔らかな波がほおをなでてくれる。体が軽くなり、波の上をすべりながら沖へ沖へと突き進んでいく。突然後から母さんの声が響いた。戻りなさい。沖へ出てはいけません。

ぼくはもぐった。音が消え、緑色の波の中に日の光が差し込み、ぼくは頭を海の底に向ける。沖へでる。

次の瞬間、何かがぼくの両足をつかみものすごい力でぼくを引き戻そうとする。海水が柔らかく僕の体を締め付ける。ぼくはこわくてこわくて、両手をめちゃくちゃに回す。力が抜け、こわさが増した。血が抜けていく。こわかった。体が真っ青になっていく。ものすごい力で引き戻される。背骨が伸びきり、引き戻され、力が抜け………

 

急に動きが止まった。体にバランスが戻る。ぼくは力を入れてみた。透明な水の中にぼくはいた。波はなく、明るかった。小さな水槽の中の青い金魚。キッチンでは母さんが包丁を持ち魚をさばいている。ぼくはゆっくりと尾びれを動かした。鼻先に水槽の硬いガラスが当たった。ぼくはプラスチックの小さな岩山に向かった。振り返ると母さんがまだまな板をたたいていた。