青い金魚.そしてくり抜かれた体. −4

 

夏休みももう終わりだった。でも今日も空気はむっと熱く重く、ツーと汗がいく筋も体を落ちていく。

ぼくと幸一は塾へ行く途中のビルの壁にぽつんとへばりつくセミを見ていた。

幸一は真剣な顔つきで、じっと顔を上げ口を開け、コンクリートのざらざらした壁で鳴くセミを見つめていた。

その下を何台もの車が通り過ぎていったが、セミの声はあたりに響き渡っていく。街中に響き渡っていく。そして灰色の街から青い空へとその声は突き抜けていく。

ふっとその声がやんだ。街から音が消えた。

幸一の右手があがる。

幸一の細い指がセミに向けゆっくりと伸ばされていく。

その細い指がまっすぐセミに向かって伸ばされた時、セミはまた鳴き始めるのだ。

ぼくはそう思った。

 

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ぼくはしかし時間の心配をした。

スイミングや塾や家に帰る時間だけを心配した。時間通りに帰るよう母さんから言われていたからだ。幸一は毎日、いつも新しいものを見るように目を見開き、ぼくには同じにしか見えない花や木をじっと見つめていた。そして幸一はいつもいじめられていた。

みんなといっしょでない以上当たり前のことだった。

 

   *                   *                   *

 

4年の夏休みのプールの日、着替えに時間がかかる幸一を待って、ぼくは校庭の真中にある、校舎の屋上近くまで伸びる古い樹の下で、顔を上げ、茂る緑の葉の間に揺れる太陽の光を見上げていた。

遠くからきゃんーという子犬の叫び声を聞いたような気がし、顔を下ろした。

白く光る校庭の向こうに青いコンクリートのプールがにじんで見える。

小さな黒いしみが動いている。それは地を這い、甲高い音を出し続けていた。

ぼくは立ち上がり、その黒い子犬のほうへ歩き始めた。

それは幸一だった。

泥水を頭からかけられどろどろになっている幸一だった。

白い校庭には転々と黒いしみが続いている。幸一は立ち止まり地面に向かいしゃがみこみながら叫ぶと、地面をけりつけながら歩き出し、5,6歩歩くとまた立ち止まり、地面に向かい叫んだ。

ぼくは体を幸一の方に向けた。

幸一がぼくに気づく。

べっとりとした髪から黒い水滴が粘りながら落ち、鈍くぎらっと光る。

幸一は体をくねくねさせながら両手を広げると、ぶ〜〜んと声を上げながらぼくに向かってきた。うっとりとした笑いが泥の下に見えた。幸一はぶ〜〜んと言いながらぼくの周りを2周、3周、4周と回った。5周を回り終えると幸一は今度は逆に回り始めた。ぼくは校門に向かいながらゆっくりと歩き始めた。幸一はぼくの周りを回りつづける。

校庭にぼくと幸一の二つの影が濃く映っている。

ぼくの2,3歩前に薄緑色の小さな点が突然現れそれがバッタだとわかったとたん、羽を広げ、跳んだ。小さな緑と茶色の羽、そしてその向こうの青い空。

ぼくはゆらゆら揺れる小さな影を追った。ぶ〜〜んといいながら幸一の後を追った。

校庭には舞い上がる乾いた土がぼくたちの走る後を追いかけ、丸い飛行機雲の輪を作っていた。