青い金魚.そしてくり抜かれた体.

 

先生は悲しいよ。」

 

そう言うと、先生は教壇に手をついたまま、目を閉じた。顔は正面に向けたままだ。

グランドから小さく歓声が2度上がる。

今日も曇り。今にも地面に灰色の重ったい雲が落ちてきそうだ。

ゴールが決まったのだろう。きっと誰かがガッツポーズをしてそれを見てまたみんなで小さく歓声を上げたのだ。

午前10時。

どこかで鳥が鳴いた。いつも気になるが、ぎーぎーと苛つく声で空を低く横切って飛ぶ鳥だ。どこまでも地を這いながら飛んでいく鳥。

「金は盗まれる、いすは燃やされる、掲示物はぼろぼろ、壁は真っ赤だ。ちょっとやりすぎじゃないか。そりゃあこんな世の中だ。ストレスもたまるさ。やった奴にも事情ってもんがあるに違いないさ。だから言ってくれよ。

 って言ってもう半年なんだ。悲しいよ。俺は悲しい。お互いオープンにしたいんだ。辛いことはお互い、みんなで分けてみたいんだよ。そう言ってるじゃないか。信じてみようよ。まず信じ合ってみようよ。それができないのが悲しんだ。先生は悲しい。」

ふーと大きくため息をつくと、先生はどすんといすに体を沈めた。手を組み、また目を閉じる。

 

35歳、担当は英語でぼくらの担任だ。最近結婚した。少し悪ぶっていて、熱血も馬鹿にして、偉そうな説教もしない。いい先生だがそれだけだ。カッコだけ。最後の一歩は踏み出さない。

それに何が悲しんだ。自分の思い通りにならないことが悲しんだろ?

でもそれも当たり前だ。誰が好き好んで人の人生にまで責任を持つ?とりあえず先生として言わなきゃならないことは言っておく。

あとは悪いのはぼくたちだ。

朝っぱらからクラスごっこ。べつに授業は塾でやってるから問題ないけど、この停滞感はだるいな。だるい。

 

ピシッ。

背中に小さなものの当たる感じ。

それが連続する。カッターで小さく削った消しゴム。その柔らかな尖った先端に、一瞬背中の2箇所が続けて熱くなる。言わないよ言わないよ。絶対に言わないから心配しないで。言わないよ、言わないから。

 

静かにやり過ごす。言われた通りやって、1日1日やり過ごしていけば、やがて終わる。少なくとも夏休みは来る。とりあえずそこまでだ。そこまではこらえる、つないでいく。

 

    *                     *                   *

 

「今度は、何がいい?」

木村が言った。

ぼくの部屋だ。もうすぐ10時。ピザの匂いが部屋にまだ残っている。そろそろ両親も帰ってくる。

木村幸一とは小学校から一緒だ。

幸一は頭が良い。小学生の時、中学受験組の連中のやる難しい算数の問題も黙ってじっと問題を見つめたあと、見事に解いて見せた。それも参考書には無いやり方で解く。それはクラスのちょっとした見物だった。

でも中1の時先生と折り合いが悪くなり、それ以来授業はまじめに聞いていない。でも中間でも期末でも10番を切った事は無い。

サッカー部の中心選手でゲームは彼が作る。マイペースでみんなに一目置かれている。彼はいつも背筋を伸ばし前を見ている。彼にいじめられて1年が経つ。

 

 

「机燃やそうよ。」

遠山実が言った。

こいつは家が厳しい。父親は社長で、母親はPTAの会長。兄貴は東大を狙っている。

笑っちゃうくらい典型的なパターンだ。本人はできが悪く、でも家では家族ごっこ。そのストレスをここで晴らしている。自分でもこんな境遇だったらグレないとおかしいよな、しっかりぐれてやるからな、と言って、ほんとにバカやっている。いい迷惑だ。

 

 

「今度は俺自分でやろうかな。おまえにやらすのも面白いけど、石油かけて火つけるのなんか最高だよな。」

「でも量とか難しんだろ?リュウ。」幸一が言った。

「ああ、むずかしいよ。とても。学校燃えちゃったら大変だからね。」

「別にいいけどな。燃えたって。」

実が言って幸一がうなづいた。

 

遠くで鳥の声がした。昼間のあの鳥かもしれない。夜の闇の中を満月に映る自分の影を追いかけながら朝まで飛び続けるのだ。

それにしてもなんて会話だ。こんな会話はおかしい。何でこんな会話を寝転がって家でしなければならないのだろう。何を間違えたのだろう。

言いなりになって、金を盗んだり、火をつけたり、掲示物を破きスプレーで壁を真っ赤に塗る。

面白くも何とも無い。じゃあ何でこんなことする。でもそれはぼくがクズだからだ。クズで弱いから。それだけだ。